阿佐海岸鉄道 全線全駅完乗の旅(海部〜甲浦)

阿佐海岸鉄道 阿佐東線(阿波室戸シーサイドライン)の旅行記&乗車記の地図

目次

プロローグ

2017年1月6日の早朝、夜明け前の徳島駅から牟岐むぎ線の始発列車に乗り込んだ。牟岐線は徳島から太平洋沿いを南下し、徳島県最南端の海陽町を目指す路線だ。

今回の目的地はこの牟岐線の終点からさらに南下する路線で、隣の高知県にまで足を伸ばす阿佐あさ海岸鉄道という第三セクター鉄道である。

徳島で海部行き4525Dに乗車 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
徳島で海部行き4525Dに乗車

阿佐海岸鉄道は全長わずか8.4kmで駅はたったの3駅しかない。おまけに地図で見るといかにも利用者の少なそうな県の外れにポツンとある。なぜここにと思うような鉄道だが、元々は国鉄阿佐線として建設されていた路線で、途中で工事が中断されたため、ほぼ完成していた区間だけを開業させた結果である。

今回は1日だけ暇があったので、1日で完乗できて景色と天候に恵まれた路線というのを探したところ、実におあつらえ向きの立地と規模、しかも快晴という予報だったので訪れてみることにした。

乗車した列車は海部行きの普通列車4525Dで、乗換なしで徳島から阿佐海岸鉄道までたどり着ける便利な列車だ。車両は1両ワンマン運転のディーゼルカーで、1両でも空席の目立つ状態で徳島を出発した。

ローカル線は空いていて快適だと思っていると、小さな駅に停まるたびに少しずつ乗客が増えていき、やがて通路に立ち客があふれるほどになった。早朝から予想外の混雑に見舞われたが阿南や日和佐といった主要駅ではほとんど全員が降りてしまう。この少しずつ増えては一気に下車するという流れを繰り返しつつ進んでいく。

日和佐で特急列車と行き違い (X-T1 + XF16mm F1.4R)
日和佐で特急列車と行き違い

真っ暗だった車窓は徐々に明るくなり、緑の中に住宅が点在するのどかな景色が視界に広がる。牟岐線は太平洋沿いに進んでいるはずだが海は見えそうでいて滅多に見えない。昨日の天気予報によると快晴だったので青空の下に広がる太平洋を期待したが、車窓に見えるのは曇り空と山ばかりであった。

海部かいふ

  • 所在地 徳島県海部郡海陽町奥浦字一宇谷
  • 開業 昭和48年10月1日

この駅は牟岐線の終点であると同時に阿佐海岸鉄道の起点となっている。先に開業したのは牟岐線の方だが、それでも昭和48年の開業と新しいためか、高架駅というローカル線の末端らしからぬ姿をしている。旧海部町にある唯一の駅で、海岸からは市街地を挟んで1キロほど内陸の山沿いに位置する。

高架上にホームがある海部駅 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
高架上にホームがある海部駅

午前8時ようやく最初の目的地である海部に降り立った。すでに徳島を発ってから2時間以上が経過している。到着したのは2面あるホームのうち海側にある1番線で、一緒に降りた数人の乗客は阿佐海岸鉄道に乗り継ぐために向かい側のホームに移動する人、そして階段を降りて駅を去っていく人の二手に分かれていく。

このあたりは四国の鉄道でも特に利用者が少ないと聞いたが、ホーム上からは何軒もの家や行き交う車が見える。家の1軒すら見当たらない秘境駅を見慣れているせいもあり、そんなに利用者が少ないようには感じない。

まもなく前方に見えるトンネルを抜けて阿佐海岸鉄道の列車が姿を現した。1両ワンマン運転の小さなディーゼルカーだ。ゆっくりと入線してくると牟岐線の列車に並ぶように停車。両者のエンジン音と乗り換え客で少しだけ構内が活気づいた。

程なくして私が乗ってきた列車が徳島行きとして折り返していき、続いて阿佐海岸鉄道の方も甲浦行きとして折り返していく。この先たった二駅しかないというのに乗り換えが必要とは別会社とはいえ面倒な話である。

阿佐海岸鉄道の甲浦行きを見送る (X-T1 + XF35mm F1.4R)
阿佐海岸鉄道の甲浦行きを見送る

列車が去り静かになった構内を散策して歩く。1番線は駅名板から待合室まで見慣れたJR四国のそれだが、2番線は阿佐海岸鉄道が管理しているらしく、イラスト入りの駅名板やローカルな掲示物などが並び、新鮮な気分にさせてくれる。この2番線は阿佐海岸鉄道の開業時に増設したものだそうで、同じ駅ながら随分と雰囲気が異なっていた。

そして変わっているのがこのホーム同士が構内踏切で結ばれていることで、高架駅なら空いてる高架下を通路にするのが普通だろう。高架駅の構内踏切とか初めてみた気がする。おかげで階段を上がり下りすることなく乗り継げるのは便利である。

高架駅の構内踏切 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
高架駅の構内踏切
イラスト入りの駅名板 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
イラスト入りの駅名板

もう一つ変わっているのが駅の前後を挟むトンネルで、阿佐海岸鉄道の側は山が立ち塞がりいかにもトンネルという姿を見せる。その一方でJR側は山もないのにトンネルだけある一風変わった姿をしているのだ。見るからにいわくありげなトンネルだ。

ちなみに開業当時はしっかり山のある普通のトンネルだったのが、開発によって山が削られトンネルだけが残された結果だそうである。

山のないトンネル (X-T1 + XF35mm F1.4R)
山のないトンネル

そろそろ駅前に出てみようと思うが、高架駅といってもエレベーターやエスカレーターといった便利なものは当然ないので、1番線のホーム端に設置された階段から地上に下りていく。

高架下にはトイレの他に「あまべの杜」という住民の交流スペースがあったが、時間が時間だけあってかシャッターが降りている。かつてはここに海部町の観光案内所があり乗車券の販売もしていたそうである。

駅前には阿佐海岸鉄道の開通記念碑と観光案内板が立つ。そしてそれ以外にはこれといって何もなく住宅と空き地が点在していた。元々が町外れなので寂れたというよりも開業当時からこんなものなのだろう。近くでは家でも建つのか整地作業をしており、動き回る重機や出入りするダンプで騒々しい。

駅前に立つ開通記念碑 (X-T1 + XF35mm F1.4R)
駅前に立つ開通記念碑

海部城跡

どこへ行こうかと観光案内板に目をやると、思ったよりも見どころが点在していて楽しめそうな土地だ。高架下には四国ではよく見かける「四国のみち」案内板もあった。こちらには阿佐海岸鉄道が描かれておらず、まだ牟岐線しかなかった時代からここに立っているのだろう。

ただ見どころはあれど広い範囲に分散しているので、車ならともかく歩いて周っていては海部だけで今日が終わってしまうというもの。そこで駅から数百メートルの範囲に絞ると、大きな石垣の描かれた海部城跡や、やっこ草自生地という妙見山みょうけんざん公園が良さそう。まずは海沿いの小高い山にある城跡を目指してみることにした。

駅を出発すると徐々に古い建物が密集しはじめ、潮風と相まって昔ながらの港町といった趣になってきた。海部は古くからこの地方の政治経済の中心地として栄えたそうだ。ただシャッターの目立つ商店に人通りの少なさ、そしてこのどんよりとした曇り空の影響もあるだろう、どこかうら寂しさを感じてしまう。

海部市街を抜け城跡を目指す (X-T1 + XF35mm F1.4R)
海部市街を抜け城跡を目指す

山の名前は知らないが目指す城山のふもとまでやってくると「史蹟 海部城跡」と刻まれた石柱が立っていた。近くで見ると結構大きな山なので、いったいこの山のどこへ行けばいいのかと思ったがあっさり到着してしまった。ただ周辺には遺構らしきものはなく案内板のひとつすら立っていない。

石柱の他には何もなく、これからどうしたらいいのか悩ましい。遺構を目指して目の前にある山に上りたいところだが道らしきものはなく、道を尋ねられそうな人も見当たらない。

仕方がないので城山の裾を回り込むようにして反対の海側へと向かう。途中に上り口でもないかと思ったが何もないままに海が見えてきた。海沿いには大きな漁港があり、びっしりと小型の漁船が並ぶ。そして漁港と城山の間にある小さな平地には、これまたびっしりと住宅が建ち並んでいた。

漁船の並ぶ鞆奥漁港 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
漁船の並ぶ鞆奥漁港

漁港に接するようにして鞆奥ともおく漁港海浜公園があり、城跡もいいがこっちも魅力的で標識に従い漁港の奥へと進んでいく。漁船が所狭しと並ぶのとは対照的に人の気配はほとんどなかった。

公園の入口部分には何だか知らないが大量の漁具が転がっていて入るのに一苦労する。この様子では訪れる人もない荒れた公園かと思いきや、小さいながら芝生広場にトイレや休憩スペースも整備された居心地のよさそうなところだ。目の前には太平洋とそれに注ぐ海部川の河口が広がり、注ぎ込む川の流れと打ち寄せる波がぶつかり合う荒々しい場所だった。

空にはようやく雲の切れ間ができはじめ、時々思い出したようにして日が差し込んでくる。ようやく天気予報どおりになってきたかと思うとまた雲が覆ってしまう。山は曇っていても気にしないが海はやっぱり晴れがいいので、この何ともはっきりしない空模様がもどかしい。

海浜公園の前には太平洋が広がる (X-T1 + XF35mm F1.4R)
海浜公園の前には太平洋が広がる

振り向けば漁港と住宅地を挟んで問題の城山がそびえている。こいつを何とか攻略せねばという訳で、今度は山裾に広がる住宅街の中から上り口を探す。このあたりはぎちぎちに住宅が建ち並び、子供の声や行き交う原付の音がして少しだけ活気を感じさせる。

住宅地を奥まで進んだ山裾に陣屋跡なる石柱と小さな祠を見つけた。陣屋跡とはいってもこの石柱以外にそれを偲ばせるものは何一つ見当たらない。祠を眺めていると背後の住宅でドアが開き、出てきたおっちゃんが原付のエンジンを掛け始めた。これはちょうどいいと、すかさず城跡について尋ねると「ああ城跡は何もないよ」と取り付く島もない。

住宅地の中にある陣屋跡と上り口 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
住宅地の中にある陣屋跡と上り口

何もないと言われても収穫なしで帰れないので詳しく話を聞く。何でも昔は城跡まで上がる細々した山道があったそうだが、今は草木が生い茂ってそれすら消えてしまったそう。そして肝心の城跡に至っては遺構など何も残っていないということだ。

どうやらあの観光案内板に描かれた石垣は城跡を示すマークでしかなかったらしい。何だか勘違いでここまできてしまったが、これもまた適当な旅の面白いところである。

それでもせっかくだから城跡に上がっていく道を尋ねると、この祠の脇にある階段から上がれるそうだ。真新しい階段伝いに海抜が大きく表記され、津波避難用に最近整備された感じだろうか。

「道はないよ」と念を押されつつ物は試しとばかりに上がっていく。すると入口こそしっかりした階段が設けられているが、すぐにおっちゃんの言う通り道など消え去ってしまい、踏み跡すら見当たらない単なる山であった。

海部城跡は山の中 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
海部城跡は山の中

ここで振り返ると少しだけとはいえ高台なので、木々のすき間から住宅地を挟んで海まで見渡すことができた。生粋の城好きであれば石垣のような目立った遺構などなくても、地形からでも色々と楽しめるだろうが、私のレベルでは単なる荒れた山でしかない。これはダメだと攻略は諦めそそくさと山を下りた。

城山に少し上がれば海まで見える (X-T1 + XF16mm F1.4R)
城山に少し上がれば海まで見える

大里おおさと松原海岸

海部の街をひと歩きしたので次の宍喰ししくいに行こうかと思ったが、どうもこれでは中途半端というか消化不良な感は否めない。そこで先ほどの海浜公園とは海部川を挟んだ対岸に見える、大里松原海岸まで足を伸ばしてみることにした。この海岸は白砂青松100選にも選ばれていて、広い砂浜と松林が海部川の河口から延々4キロも続く。アカウミガメの産卵地としても知られているそうである。

目と鼻の先に見えているといっても間には海部川が横たわる。さすが河口だけあってその川幅は広く、ざっと300メートルはありそうだ。そうなると当然そこにかかる橋は長い。しかも結構年季が入っていて歩道はおろか車線もひとつしかない代物だ。長くて狭いのに交通量は結構あるので、あまり渡りたくないというのが第一印象だった。

対岸へ渡ろうか宍喰へ行こうか迷いつつ橋の袂までやってくる。橋の名前は海部橋という。見ると爺ちゃん婆ちゃんが自転車に手押し車にと、車以上に頻繁に行き交っている。まるで幅の広い歩道橋のようだ。こうなると歩道でも歩くような調子で気軽に渡れるから不思議なもので、一緒になってさっさと対岸までやってきた。

歩行者の多い海部橋 (X-T1 + XF35mm F1.4R)
歩行者の多い海部橋

海部川を越えたたらそのまま河口まで下れば大里松原に到着だ。松林を抜けると前方には青々とした海が現れ、緩やかに弧を描く海岸線が視界いっぱいに広がる。そんな海岸に寄り添うように松林もどこまでも続いておりまさに白砂青松といった光景である。

この広大さにして私の他には誰ひとり見当たらないのがまた素晴らしい。打ち寄せる波の音だけが響いていた。

波打ち際に向かうと白砂とはいっても足元には大きな石がゴロゴロしている。場所によっては漬物石のような大きなものまで転がっている。波打ち際に近づくほどに細かくなるが、それでも砂というよりは砂利というほうがしっくりくる。そのため波が打ち寄せるとガガーッと小石同士が擦れ合うような音が響く。歩けばザクザクと音を立て、勾配がある場所ではガサガサと足元が崩れる。

大里松原海岸 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
大里松原海岸
松林の中から奥へと進む (X-T1 + XF16mm F1.4R)
松林の中から奥へと進む

しばらく潮風に吹かれながら海岸線を眺めてから松林に戻ってくる。案内板を見ると奥には展望台や大里八幡神社があるそうだ。これは行ってみなければと海岸や松林、それに松林の内陸側に沿うように伸びる道路を、気分次第で行ったり来たりしつつ進んでいく。

まずやってきたのは大里松原の中ほどにある展望休憩所だ。鉄筋コンクリート造りの2階建てという大きな建物で、中に入るとベンチやテーブルまで設置されていた。屋上からは展望を楽しむこともでき、名前の通り展望台と休憩所を兼ね備えた建物である。ただ周囲の木々が成長したからなのか、視界を遮り思ったほど見晴らしはよくない。広々とした海岸にはひとり散歩する人の姿があった。

展望台からの眺め (X-T1 + XF16mm F1.4R)
展望台からの眺め

早々と次なる目的地の大里八幡神社に向かう。そろそろ列車の時間が気になりはじめ、走るほどではないが歩いている訳でもない、いうなれば全力の早歩きといった感じで先を急ぐ。

やがて鳥居やいくつも立つ赤いのぼりが視界に入ってくる。そして鳥居の向こうにはローカル線の駅舎を連想させる形をした、小さなモルタル造りの社務所が建っていた。拝殿はその後ろに建っているので、鳥居・社務所・拝殿が直線状に並ぶ。まるで待合室を抜けてホームへ向かうかの如く、社務所を通り抜けて拝殿に向かうという面白い構造をしていた。

鳥居の前で足を止めて眺めていると、私と鳥居の間に割り込むようにして大阪ナンバーの車が止まった。そして夫婦だろうか中年二人連れが慌ただしく降りてくる。何事だろうかと見ていると社務所に直行して中をのぞくと、また慌ただしく車に戻って去っていった。これが噂に聞く御朱印スタンプラリーという奴か…。

大里八幡神社 (X-T1 + XF35mm F1.4R)
大里八幡神社

一瞬駅舎のように見えた社務所までやってくると、中にはお守りなどが並べられ無人販売所になっていた。何だか不用心だけど授与品を盗んで手に入れようなんて人はいないだろうから問題はないのか。社務所を通り抜けた先に拝殿があり、こちらは木造瓦屋根に唐破風の付いた神社らしい姿をしていた。

参拝を済ませて時刻を確認するともう11時近い。次の列車が何時か調べると11時26分発の甲浦行きで、これを逃すと次は13時過ぎまでなく焦りはじめる。いくら3駅しかない路線とはいえ、午後から残る2駅を周るのは厳しいというもの。

とにかく駅に戻ろうと小走りに進むがあっという間に息が上がる。日頃の運動不足がこういう場面で祟ることになる。仕方がないので早歩きで息を整えつつたまに走る。冬とはいえじっとり汗ばんでくる。これが夏だったら汗だくでひどいことになりそうである。

大里八幡神社の拝殿 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
大里八幡神社の拝殿

息を切らしつつ駅に戻ってくると意外なことに10分近く余裕があった。間に合うかどうか微妙だと思ったが急いだかいあって余裕の到着だ。駅前では相変わらず整地作業をする重機の音が響き、空を見上げれば到着時のどんよりした曇り空が嘘のように青空が広がっていた。

高架ホームへと階段を駆け上がり、構内踏切を渡って2番線で列車を待つ。そこへやってきたのは阿佐海岸鉄道ではなく牟岐線の列車だった。1番線に停車すると5〜6人の乗客がこちらのホームに移ってきた。こんな日中の利用者はほとんど居ないと思いきや意外と多い。その顔ぶれも地元民と思われるお年寄りからバックパックを担いだ壮年男性、それにスーツケースを転がす若い女性とバラエティ豊かだ。

続いて阿佐海岸鉄道の列車もやってきた。今朝見送ったのと同じ車両で、廃止された高千穂鉄道からやってきたASA300形だ。ゆっくりと入線する車内に目をやると乗客の姿は見当たらない。牟岐線の列車と並ぶように停車して数時間前に見た光景が再現された。そしてこの列車が折り返し甲浦行きの5549Dとなる。

甲浦行き5549Dと牟岐線の列車 (X-T1 + XF35mm F1.4R)
甲浦行き5549Dと牟岐線の列車

阿佐海岸鉄道の旅といいつつ昼近くになってようやく列車に足を踏み入れた。わずかな距離を行ったり来たりしている車両だが、車内には端から端までボックス席が並び居心地が良さそうな造りをしている。短時間の乗車にはもったいないような車両である。

車内で何より目を引くのが天井一面に取り付けられた青いイルミネーション。太陽の下では何だかゴチャゴチャした天井だなあと思った程度だが、トンネルに入った途端に車内は青一色の世界になり思わず天井を見上げてしまう。この車内の飾り付けは季節によって変わるそう。

トンネル内では別世界 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
トンネル内では別世界

海部を出発すると建設が新しい路線だけあってトンネルと高架線が連続する。徳島を出発してからというもの路線の末端に近づくほど、そして利用者が減るほどに設備の方は近代的になっていく。長い年月をかけて建設された路線はどこもこんな感じだ。

海岸鉄道といいつつトンネルが連続して山岳鉄道のようだが、トンネルの切れ間では穏やかな海が見え隠れする。ただ残念なことに窓ガラスの汚れが激しく、せっかくの景色もどこかくすんで見えてしまう。車窓よりトンネル内でのイルミネーションの方が強く印象に残った。

宍喰ししくい

  • 所在地 徳島県海部郡海陽町久保字松本
  • 開業 平成4年3月26日

阿佐海岸鉄道で唯一の途中駅にして唯一の有人駅。周辺には本社や車両基地が集まる中心的な駅になっている。このあたりは徳島県最南端の町だった旧宍喰町で、その玄関口である当駅は徳島県最南端の駅でもある。駅を挟んで海側には市街地が広がり山側には農地が広がる。

高架駅の宍喰駅 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
高架駅の宍喰駅

列車は街を見下ろすような高さを持つ高架ホームに到着した。運転手に運賃を手渡そうとすると改札でと言われて少し意外だ。利用者数の少なさからして特に考えもせず無人駅だろうという先入観があったが有人駅だった。

ここでは私の他に3人ほど下車して車内に残っているのは旅行者くらいのもの。甲浦に旅行とも思えないので路線バスに乗り継いで室戸岬の方にでも向かうのだろうか?

ホームでは先に降りたお年寄りが小さな待合室の中に立っている。何をしてるんだろうかと思ったらなんと待合室の中にエレベーターの乗降口が見える。なかなか変わった場所が出入り口になっている。私は階段から下りるが思った以上に長い階段で、どうやらこのホーム相当に高い場所にあるらしい。

高架上のホーム (X-T1 + XF35mm F1.4R)
高架上のホーム

駅舎は高架下にあり長い階段を下りきった所に改札があった。ここで海部からの運賃240円を支払う。割と広い駅舎内には色々な小物や掲示物で溢れていて、こういうのは小さな有人駅らしくて和む。改札脇の水槽には伊勢海老駅長が2匹ヒゲを揺らしながら佇んでいた。

一緒に下車した人が去ってしまうと後は駅員の姿しか見当たらない静かな駅だ。せっかくの有人駅なので記念に入場券を購入してみる。最近はレシートのような味気ない物が出てくることが多いが、ここは今では珍しい存在感ある硬券だ。記念切符も色々と出ていて先ほど海部駅で発売中の張り紙が出ていた記念乗車券も買い求める。全種類買ってあげたいところだが先立つものがない。

先程は運賃の支払いで頭がいっぱいで慌ただしく改札まで来てしまったため、気がつけばホームをゆっくり観察していない事を思い出す。これはいかんと思い駅員に声をかけて改札を抜けると、再び長い階段を通り抜けホームに戻った。

改札には駅員1人と駅長2匹 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
改札には駅員1人と駅長2匹

ホームは建物の3階から4階くらいの高さはありそうで、宍喰の街を一望できるちょっとした展望台のようなものだ。山側には農地が広がりその背景に小高い山々が並ぶ。海側を見れば小学校だろうか大きな校舎と校庭を挟んで市街地が広がる。ぎっしりと連なる瓦屋根の向こうにはかすかに海が見えていた。

線路は市街地と農地を隔てる境界線のようにして横切っており、できるだけ街に近くて建設が容易な場所を選んだという感じがする。

駅名板から待合室に至るまで海部の2番線ホームとそっくりで、ああ同じ鉄道会社なんだなと実感する。ホーム上に水飲み場があるところまで同じだ。海部との大きな違いはエレベーターがあることくらいか。イラスト入りの駅名板には「徳島県最南端の駅」というプレートが取り付けられていて、ひと駅ごとに変化があると次の駅はどんなデザインか楽しみになる。

「徳島県最南端の駅」の宍喰 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
「徳島県最南端の駅」の宍喰

長浜海岸と道の駅

再び長い階段を下って駅舎に戻ってくると、観光案内板を眺めてどこへ行こうか考える。周辺にはいくつか神社があり、海沿いまで行けば長浜海岸や化石漣痕といった自然の見どころもあるようだ。時計を見ると12時を回ったところで、朝食を食べていないこともあり何か食べたい気もする。そこで海沿いにある道の駅に寄りがてら長浜海岸に向かうことにした。

駅を出て宍喰の市街地へと分け入っていく。入り組んだ狭い道路の両側には住宅や商店が建ち並び、その佇まいは古くからの街であることを感じさせる。そして訪れる前に思っていたよりずっと大きな街だった。

なぜか頭上には万国旗が至る所に取り付けられ、青空とのコントラストが目に鮮やか。海からは強い風が吹き付けてバタバタと音を立ててはためいていた。この明るさに加えて人通りもあるので何だか活気を感じる。曇り空の海部が灰色に包まれて重い雰囲気だったのとは対照的で、色彩の力というのは大きい。

市街地には万国旗がはためく (X-T1 + XF35mm F1.4R)
市街地には万国旗がはためく
古びた建物が残る (X-T1 + XF35mm F1.4R)
古びた建物が残る

市街地を抜けた先には一面に太平洋が広がる。だがまずは景色よりも空腹の方を何とかせねばと道の駅に直行した。「道の駅 宍喰温泉」という名前で海沿いを走る国道に接して建ち、中に入ると土産物店やレストランがある。ただ鉄道の駅と同じでほとんど人気はなく静かなところだった。

レストランに入ると昼時だというのにお客は他に1組だけだった。ゆっくり静かに食べられるのでこちらとしてはありがたいが、これで大丈夫なのかと思ってしまうような空きっぷりである。ここでは太平洋の前ということで魚介類にしたいと思い、その中でも手頃な価格だったマグロ丼を頂く。朝から何も食べず歩き回っただけにあっという間に完食した。

道の駅のマグロ丼で昼食 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
道の駅のマグロ丼で昼食

空腹が満たされ落ち着いたところで、まずは目の前に広がる長浜海岸の砂浜に降りてみた。先ほどの大里松原は砂利のような海岸だったが、ここは正真正銘の砂浜だ。細かいサラサラとした砂なので歩くと音もなく靴が沈み込む。慎重に歩いても気がつけば靴の中に砂が入り込んでくる。やはり砂浜はこうでなければいけない。

青々とした海の向こうには青空や緑に覆われた岬が延びる。海岸沿いにはテトラポッドが並ぶのが目立つのが惜しいところ。天気は良いが強い海風が吹き付けてきて波は高く、誰もいない砂浜に風と波の音だけが響いていた。

長浜海岸 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
長浜海岸

宍喰浦の化石漣痕かせきれんこん

続いて宍喰の観光名所になっているらしい化石漣痕に向かうことにした。名前を聞いただけでは蓮根れんこんの化石かと勘違いしそうだが文字が違う。漣(さざなみ)の痕(あと)と書いて「れんこん」と読むのだ。その文字の通り海底の砂などに波が作った痕が、長い歳月をかけて岩のように固くなったもので、「波の化石」とも呼ばれているそうだ。

海岸沿いの国道を風を受けながら軽快に進んでいく。交通量が少ない上に海側に歩道が整備されているので歩きやすくて眺めもよい。軽く上り坂になっていて少しずつ高度を上げ、砂浜は眼下へと遠ざかっていく。

やがて宍喰大橋という大きな橋に差し掛かり、宍喰川の河口と漁船の並ぶ港を一跨ぎにして対岸へと渡る。橋を渡っていると昼休みが終わったのか急に大型車の往来が激しくなり、脇を通り抜けるたびに轟音と共に橋が上下に揺れる感じが足裏に伝わってきて、あまり気分の良いものではない。足取りを早めてさっさと渡ってしまった。

宍喰漁港 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
宍喰漁港

宍喰大橋の先には海側にちょっとした岬が突き出しており、国道はその根本を横切るように山の中に入っていく。目指す化石漣痕はこの岬の方にあるので、ここで国道を離れて脇道に入っていく。海からせり上がる急峻な山の中腹を右へ左へと曲がる狭い道だ。

道端には落石注意の看板が立ち、実際に大きな石ころが転がっていて危なっかしい。化石漣痕は国道の工事中に出てきたという話を何かで読んだので、ここがかつての国道なのだろう。

そんな道を数分も歩くといよいよ目的の化石漣痕が見えてきた。道路脇からそそり立つ見上げるような岩の斜面がそれで、一見すると岩がむき出しになった単なる崖のようなものだ。だがそこは国の天然記念物だけのことはある、いくつもの説明板や石柱などが立ち並び、誰が見てもこれが化石漣痕だとすぐにわかる。見逃して通り過ぎるなんて心配はいらない。

道路脇にそそり立つ化石漣痕 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
道路脇にそそり立つ化石漣痕

このような化石漣痕は日本に何箇所かあるそうだが実物は初めて見た。近くにあった説明板によると4千万年前の海底だそうで、それが隆起してこんな見上げるような崖になっているそうだ。海底だっただけに薄く平らな岩が広がり、それがミルフィーユのように何層にも重なっているのが断面から見て取れる。

しかしここは道路が大きくカーブした内側で、しかも化石漣痕の壁によって見通しも利かないから、道端に立ってぼんやり見上げていると突然車が現れそうで怖い。

化石漣痕の断面 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
化石漣痕の断面

帰りは海岸沿いを走る現在の国道が出来るまではこちらが国道だったと思われる、街の中を通る道路から駅に向かう。途中にはコンクリートアーチの橋があり昭和感があっていいものだ。

いよいよ列車の時刻が迫ってきており小走りに駅に向かう。つい2,3時間前にもこんな事をやった気がする。汗を浮かべつつ駅に駆け込むと窓口で甲浦までの乗車券を購入する。急いでいるときはさっさと列車に飛び乗れるワンマンの方が便利だなとふと思った。今どき珍しい硬券の乗車券を受け取ると長い階段を足早に上がっていく。

息を整えつつ待っていると先ほどと同じ車両が姿を現した。当然ながら運転士も同じ方だ。車内には辛うじて数人の旅行者らしき姿が見える。この列車は徳島から来たJRの列車に接続しているからだが、そうでなければほとんど利用者は居なさそうである。

甲浦行き 5553D (X-T1 + XF35mm F1.4R)
甲浦行き 5553D

出発するとまもなく右手に阿佐海岸鉄道の小さな車両基地が横切りトンネルに入る。そしてトンネルを出たと思うともう終点甲浦に到着だ。景色を楽しむ暇もないとはこのことである。

甲浦かんのうら

  • 所在地 高知県安芸郡東洋町大字河内
  • 開業 平成4年3月26日
甲浦駅舎とホームへの階段 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
甲浦駅舎とホームへの階段

わずか3駅目にして早くも終着駅の甲浦は、海部や宍喰と同じく高架上にある近代的な姿をしていた。周囲は緑豊かな山々と農地に囲まれたのどかな場所にあり、駅自体も線路が1本にホームが1面あるだけという小規模なもので、終着駅とは思えないような立地にある。

旅行者らしき数人が一緒に降り立ったが、室戸岬に向かうバスに乗り継ぐのか、記念撮影をするとすぐに去ってしまい駅には私だけが残された。まもなく乗客のいない列車も折り返していく。この列車は1日2本しかない甲浦発の宍喰行きで、行き先が隣の駅とは珍しい。とはいえ行き先表示は「海部〜甲浦」のままで見た目的には何の変化もなかった。

線路はホームの端で唐突に終わっているが、計画ではここから室戸を経由して後免に至る予定だった。残念ながら徳島側から着工されたのはここまでで、前方には農地を挟んで山が立ちふさがっていた。

甲浦駅ホーム (X-T1 + XF16mm F1.4R)
甲浦駅ホーム

ホーム上には小さな待合室があるだけで、どこにでもありそうなローカル線の小駅といった面持ちをしている。南国らしいイラスト入りの駅名板には「高知県最東端の駅」のプレートが付く。ここは高知県最東端に位置する東洋町の、そのまた東端で、2〜3キロも歩けばもう徳島県という場所で、阿佐海岸鉄道ではこの1駅だけが高知県に所在している。そのため高知県にありながら徳島県にしか移動できないという駅である。

待合室は他の2駅と同じ感じで雪国のように引戸の付いたしっかりした造りだ。そしてその傍らにはやはり水飲み場が設置されていた。喉が渇いてきたのでちょうどいいと飲んでみたら口の中が錆っぽい味になった。冬とあっては利用する人も居ないのだろうな。

「高知県最東端の駅」の甲浦 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
「高知県最東端の駅」の甲浦

高架上のホームから眺める景色は山と農地が目立ち、ここまでの駅ではもっともローカル色の豊かな駅だった。駅のすぐ隣には木立に囲まれた趣ある神社が見えており、まずはここに行ってみようとホーム端に設置された階段を下りていく。

地上部分には木材を活かしたしっかりした駅舎が建っているのだが、階段を下りるとそちらへは立ち寄らずにそのまま駅前広場に出てしまう。まるで駅とは無関係な観光施設のようでもあるが、建物の入口にはしっかり「甲浦駅」と書かれていた。

しっかりした木造駅舎だと思ったが、中を覗くと鉄骨の骨組みに板材を貼り付けた感じの、割りと簡易な造りをしていた。広い室内は壁面がガラス張りのおかげで西日が差し込み明るい。花が生けられてしっかり管理されていることを感じさせる。たくさんのパンフレット類やスタンプ、駅ノートなどが並び観光駅らしさのある佇まいだ。

広い駅舎内に人気はない (X-T1 + XF16mm F1.4R)
広い駅舎内に人気はない

片隅には売店があって乗車券の販売やレンタサイクルの貸し出しもしているそうだが、すでにシャッターが下りていて人気はない。営業時間は9時〜14時までだそうで、せめて16時くらいまでやってくれないと私のような遅くから訪れる利用者には無縁の存在である。

駅前にはバス停があり室戸岬方面へのバスに乗り継げる。心惹かれるところだが数分前にバスは出たところであり、次のバスでは室戸岬に到着するころには真っ暗なので諦める。阿佐海岸鉄道と並行する牟岐方面へのバスも出ていて、これが1時間から1時間半くらいの間隔で走っていて結構充実していた。それだけに街外れを走る鉄道の存在感は薄そうである。

白浜海水浴場

駅の観光案内板や観光地図によると徒歩圏内の見どころは白浜海水浴場で、他には町内に神社が点在している。とりあえずは海に行ってあとはそれから考えようと思うが、その前にまずはホームから見えた神社に向かう。

場所的に元々は街外れの山裾に神社だけがポツンとあったのだろう。後から鳥居の前を横切るように鉄道が通り、今では駅前神社になったという感じだ。

名前を甲浦八幡宮といい小さな石造りの鳥居の向こうに広い境内がある。奥に建つ拝殿はシンプルな切妻屋根で、中央部分の唐破風がなければ普通の木造瓦屋根の民家かと思うような佇まいだ。建物の周囲には正月らしく門松や日章旗が掲げられ、紅白に彩られた大きな茅の輪があるのが印象的だった。

甲浦八幡宮 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
甲浦八幡宮

神社を後にすると再び駅前を横切り海に向かう。今朝の曇り空はなんだったのかという雲一つない青空には、まだ15時前だというのに薄っすらと月が浮かんでいた。

駅から海側に少し進んだところには観光地図にも載っていない神社があった。木製の小さな鳥居と小じんまりした社があるだけで、詳しいことはよくわからないがせっかくなので立ち寄っていく。扁額には”こうら”と読むのだろうか? 高良神社と書かれていた。

境内にはブルーシートが敷かれていて、足を踏み入れてもいいものかと一瞬ためらう。よく見たらなんのことはない、猫のフンがあるからシートの上を歩いてと張り紙がしてあった。猫にすると砂利の敷き詰められた境内は絶好のトイレになっているようである。

高良神社 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
高良神社

小さな川伝いに住宅や農地の点在するのどかな景色の中を進む。駅のあたりは農地が大半だったが、海に近づくほどに住宅の比率が高まってきた。やがて国道に出ると、その向こうには白浜海水浴場の広々とした大きな砂浜が広がった。ここまで駅から10分ほどである。

海水浴場の周囲は小さな島や岬に囲まれて入り江のようになっている。そのため景色が良いのに加えて、遠浅で波も穏やかという海水浴には絶好の立地だ。実際人口2500人ほどの小さな町だが海に山にと自然豊かで、夏場は海水浴やサーフィンで賑わうという。しかし冬とあっては家族連れが数人砂浜で遊んでいる程度であった。

白浜海水浴場 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
白浜海水浴場

砂浜に降りてみると静かに打ち寄せる波の音だけが聞こえてくる。何もしなければ程よい暖かさで居心地の良い砂浜だ。

なだらかな傾斜の砂浜なので穏やかな波がくるだけでスーッと波が砂の上を広がっていく。どこまでが海で、どこまでが砂浜なのか境界線がよくわからないくらいだ。そのため一見すると波がこないような場所でも、たまに大き目の波がくると深い位置まで波が広がってくる。調子に乗って波打ち際ギリギリへ行くと、待ってましたとばかりに波が押し寄せてくるのは想像できるので、あまり波打ち際には近寄らないでおく。

広い砂浜に波が広がる (X-T1 + XF16mm F1.4R)
広い砂浜に波が広がる

海水浴場に接するように建つ、道の駅ならぬ海の駅という施設に立ち寄る。広い駐車場を持ち道の駅のようなものである。中に入ると地元の農産物や海産物が並び少し魅力を感じるが、車ならまだしも徒歩でこういったものを買うと後々大変なことになるので眺めるだけだ。

ぶらぶらと宛てもなく歩いていると公衆電話があり、ちょうど用事があったので都合がいいと使ってみると反応がない。なんのことはない故障中ではないか。携帯が普及してからというもの、こういうやる気のない公衆電話が増えた気がする。

気を取り直してさらに進むと街外れのようなところに、飲食店や渡船屋さんの建ち並ぶ一角に出た。どうしてこんな場所に何軒も固まってるのかと思ったら、かつて大阪南港や高知港へと向かう大阪高知特急フェリーの乗り場があった場所だった。乗船客で賑わった当時の名残という感じか。人気のない静かな中でマフラーをした柴犬がちょこんと座っていた。

かつてのフェリー乗り場前 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
かつてのフェリー乗り場前
置物のように静かな柴犬 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
置物のように静かな柴犬

ふと振り返ると後ろから手押し車を押したばあちゃんがこちらに向かってきていた。まるで音もせず存在に気が付かなかった。ばあちゃんは店の中に声をかけていたが返事はない。開いてはいるものの人気の感じられない店だと思ったが本当に誰もいないようだ。

周辺の海はフェリーが発着していただけのことはあり水深が深いようで、青々というよりもどこか黒々として見える海だ。岸壁の縁まで行って覗き込んでいると引き込まれそうで怖いものがある。先ほどの海水浴場とは対照的な表情をした海だ。

甲浦港 (X-T1 + XF35mm F1.4R)
甲浦港

時刻は15時半で冬場だけあって随分と影が長くなってきた。せっかくの快晴だから日没の時までゆっくりしていたいが、今夜は高松で宿泊する予定なのであまり遅くなっては帰れなくなってしまうので駅に戻ることにした。たった3駅だから余裕だと思ったが、見どころが豊富で1日で周るには慌ただしいものがある。

河口らしくほとんど流れの感じられない、どんよりとした川沿いの道から駅に戻ってくる。駅前広場では小学生くらいの女の子がバトミントンに興じており、私に気がつくと元気に挨拶をしてきたので、挨拶を交わしつつ駅前の公衆電話に立ち寄る。ここの電話はしっかり生きていたので先ほど果たせなかった用事を済ませてホームに向かった。

エピローグ

西日の眩しいホームで帰りの列車を待っていると、どこからともなく父親と小学生くらいの息子と思しき親子連れが現れた。帰りの乗客は私だけかと思っていたので少し意外だ。利用者が少ないという阿佐海岸鉄道だが貸し切りになる事は一度もなかった。遠くに目をやると先ほど挨拶を交わした女の子が甲浦八幡宮でお参りをしている姿が見えた。

まもなくトンネルを抜けて列車がゆっくりと近づいてくる。これが折り返しの海部行きになる列車だ。例によって同じ車両と同じ運転士の組み合わせだった。向こうもまた同じ乗客かと思っていそうだ。

甲浦に入線する海部行き5560D (X-T1 + XF35mm F1.4R)
甲浦に入線する海部行き5560D

切符がないので帰りの運賃を用意しておこうと財布を覗くと小銭がない。今のうちに両替をしておくかと運賃箱に向かうとカバーがかけてあり使用できなかった。ワンマン運転なのに運賃箱が使えないとはどういうことか…。どうしようかと運転士に尋ねると手持ちの鞄から小銭を出してきて両替してもらえた。なかなかとアナログな仕組みである。

帰りは海側のボックス席に収まりゆっくりと車窓を眺めて帰る。往路は慌ただしさと車内のイルミネーションに目を奪われてあまり印象に残らなかったが、宍喰から海部の間ではトンネルの合間合間に美しい海岸線を眺めることができる。ただ相変わらず窓ガラスが汚れていてクリアに見えないのが残念。

そしてあっという間の11分が過ぎて再び海部に戻ってきた。これで阿佐海岸鉄道の全駅乗降と上下線の乗車を達成だ。距離は短かったがその分魅力が凝縮された感じで、訪れたい場所もたくさん残っているので、近いうちに再訪したい路線のひとつだ。

海部に到着した5560D (X-T1 + XF16mm 1.4R)
海部に到着した5560D

あとは牟岐線の列車に乗り継ぐだけだが、これが1時間ばかり時間があって暇を持て余す。近くを散策してくるかと駅前に出ると、あの騒がしかった整地作業を終えた作業員が帰るところだった。

小さな商店の前を通りかかると、店内でばあちゃんが2人話し込んでいる姿が目に留まる。店先には蜜柑や文旦が大きな袋詰で売ってありしかも安い。これは帰りがてら食べたらいいなあと思ったが、こんなに大量に買い込んでまずかったら目も当てられない。思いとどまり店先を通り過ぎる。

近くにあった明現神社の石段を上がっていると、途中にやっこ草自生地の標柱や案内板が立っていた。観光案内板で目にした妙見山というのはここのようだ。なんでも昭和9年に地元の小学生が発見したそうで世界の北限熱帯植物だそう。夕闇迫る中を拝殿前まで上がってくると苔むした境内が広がり、取り囲む木々は風にざわざわと揺れて神秘的な雰囲気が漂っていた。

いよいよ日没で周囲はどんどん暗くなり心細くなってくる。急ぎ足に山を下りて駅まで戻ってくると牟岐線の列車がホームで待っていた。そのまま空席の目立つ車内に収まり阿佐海岸鉄道を後にした。

(2017/01/06)