越美北線 全線全駅完乗の旅 1日目(越前花堂〜越前東郷)

越美北線の旅 1日目 乗車記&旅行記 地図

目次

プロローグ

完乗状況の路線図

福井駅にやってきたのは2017年8月7日の早朝6時前だった。今回の目的地は九頭竜線くずりゅうせんの愛称でも呼ばれる越美北線えつみほくせんというローカル線だ。起点は一駅隣の越前花堂だが、全ての列車は福井まで乗り入れている。乗車するのは始発の越前大野行きで、6時30分発とまだまだ時間があるが、勝手の分からない初乗車なので余裕を持って早めにやってきた。

駅前は県庁所在地といえど時間が時間だけあって人気は少なく、日中は送迎車やタクシーでごった返すロータリーも静かなものだ。福井県は日本屈指の恐竜化石の産地とあってか、いたるところにモニュメントや絵画といった形で恐竜が潜んでいる。

天候は雲こそ多いものの朝焼けで赤みを帯びていて雰囲気としては悪くない。ただ猛烈な雨を降らせている台風5号が四国付近までやってきており、こちらに接近中なのが気になる。その影響だろうか朝早いというのに蒸し暑かった。

早朝の福井駅舎 (FUJIFILMX-T1 + XF16mm F1.4R)
早朝の福井駅舎

駅舎に入るとまずは改札脇にある券売機で越前花堂までの乗車券を購入した。その足で向かった越美北線ホームは、大きな北陸本線ホームの片隅にある切り欠き部分という、影の薄い場所にあった。まだ列車の姿はなかったのでベンチに座って待つ。頭上は雪国らしくホームから線路まで大きな屋根で覆われ、それ故に風通しが悪く一段と暑かった。

6時を少し回ったところで越美北線の小さなディーゼルカーが姿を現した。始発列車だから回送かと思いきや、越前大野からやってきた上り始発列車だった。1両と短いが利用者は意外と多く、30人くらいの乗客がどっと降りてきた。

始発の越前大野行き 723D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
始発の越前大野行き 723D

乗客の去った車内では運転士が忙しく動き回り、折り返しの越前大野行き列車に仕立て直していた。それを横目にボックス席に収まり発車の時を待っていると、作業を終えた運転士はどこかへ消えてしまい、車内は私だけの貸切り状態になった。その後も大して乗客が増えることはなく、4〜5人程度のわずかな乗客を乗せて出発した。

福井を出るとすぐに桜の名所として有名な足羽川を渡る。続いて何本もの側線やコンテナの並ぶ、南福井という貨物駅を通り抜けていく。国鉄時代はこの貨物駅が越美北線の起点で、宮脇俊三氏の「時刻表2万キロ」にその辺りの話があったことをふと思い出す。

まもなく前方に越前花堂のホームや跨線橋が近づいてきた。速度を落とした列車はその手前で、まるで駅を避けるように左に分岐する線路に進入していく。実はこれが目的の越美北線の入口で、少し先には先ほど見えたのとは違う専用ホームも用意されていた。

北陸本線から左の越美北線に進む (X-T1 + XF35mm F1.4R)
北陸本線から左の越美北線に進む

ここで越美北線についておさらいしておくと、越前花堂から九頭竜湖までを結ぶ路線で、全長は57.8km。沿線は福井平野や大野盆地といった平地では田畑に、それ以外の大半は山々に囲まれたローカル線で、大きな街は中ほどの越前大野くらいしかない。特に末端部分は岐阜県を目前にした山深い場所だ。

路線名は越前(福井県)と美濃(岐阜県)を結ぶ、越美線の北側部分として建設されていた事に由来する。片割れの越美南線もあり、こちらは岐阜県側の美濃太田から北濃まで72.1kmが開通していて、現在は第三セクターの長良川鉄道として存続している。工事は県境部分の残り約24kmを残して中止され現在の形になっている。

越前花堂えちぜんはなんどう

  • 所在地 福井県福井市花堂
  • 開業 昭和35年12月15日
完乗状況の路線図
越前花堂 駅舎 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
越前花堂 駅舎

下車したのは私だけで入れ替わりに中年男性が1人乗車していった。降り立ったホームは3両分程度の長さに小さな待合所があるだけ。周辺は倉庫や工場などが点在しているが、あまり人気の感じられない静かな場所で、背後の北陸本線を走り抜ける列車の音だけが騒々しい。県庁所在地駅の隣にして随分とローカル色が濃い。

まずは唯一の建物である待合所に向かった。外観はコンクリートブロックに木材という昭和を感じさせる作りだ。中をのぞくと昭和ではなく芳香剤の香りがした。所々ペンキの剥げた作り付けの木製ベンチがあり、年季は入っているが新しい木材で補修もされていて、古いなりに大事に使われていた。

越美北線ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
越美北線ホーム

さて駅を出ようにも越美北線ホームから直接駅を出る道はない。まずは案内板に従い雑草に囲まれた30mほどの通路を進み、近くにある北陸本線ホームに移動した。こちらは跨線橋で結ばれた相対式ホームに駅舎まである。ちょうど金沢行きの普通列車が到着するところで、大勢の通勤通学客で賑わい、同じ駅とは思えない対象的な雰囲気である。

北陸本線ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
北陸本線ホーム

北陸本線ホームにやってきたが出てきた場所といえば、跨線橋の裏側という目立たない場所で屋根すらなかった。跨線橋脇を通り抜けて表側に回り込むが、これがまたすれ違いも厄介な狭い通路だ。それからようやく跨線橋を渡り駅舎側のホームにたどり着いた。

この後から取ってつけたような立地の越美北線ホームだが、実はこちらの方が先に設置されているのだから面白い。元々この駅は昭和35年に越美北線の単独駅として開業し、昭和43年になって近くを走る北陸本線にも駅が設置されたのだ。線路の離れている場所に別々に作ったこともあり、同じ駅なのに別な駅かの如く一体感がない。

跨線橋脇から進む越美北線のりば(この奥にさらに連絡通路が控える) (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
跨線橋脇から進む越美北線のりば(この奥にさらに連絡通路が控える)

駅舎は新しくも古くもない直線的でシンプルな外観の平屋建てで、いかにも昭和40年代らしい合理的な作り。とはいえ外壁がタイル張りだったり、まるで石造りのような重厚感ある表面仕上げのラッチが設けられていたり、簡素な中にもそれなりに意匠には凝っていた。

待合室に入るとコンビニくらい営業できそうな広さだ。ベンチは壁際にしかなく中央部はがら空き、加えて列車が去ったばかりで人気はなく、それらが一段と広さを際立たせている。窓口にはカーテンが引かれていて、その代わりか簡易な券売機が置いてあった。

窓口と改札周辺 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
窓口と改札周辺

駅を出るといきなり車が所狭しと並ぶ光景が飛び込んできた。さらに駐輪場からは自転車が溢れ、駅前広場ならぬ駅前駐車場とでもいった様子だ。通勤通学では賑わってそうだが、周辺はなんだか活気の感じられない商業地という感じがした。

八幡山展望台

このあたり観光施設は見当たらないが、八幡山という標高100mほどの小さな山があり、その稜線上に展望台という気になる文字を見つけた。高さは大したことないが福井平野に浮かぶ小島のような山なのだ、確実に眺めは良いだろうと行ってみることにした。

駅前を300mばかり進むと福井鉄道の踏切に出た。福井と武生を結ぶ福武線で、大正時代の開業と百年近い歴史がある。線路伝いに少し歩くと花堂という小さな駅があり、ちょうど列車がやってきたので眺めていると、新しい路面電車車両がやってきて驚いた。福井鉄道といえば骨董品のような地方私鉄らしい車両だったのに、随分と様変わりしたものである。

花堂駅を出発した福井鉄道の電車 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
花堂駅を出発した福井鉄道の電車

さらに進むと今度は京福バスの花堂バス停があった。なんだか路線や交通機関ごとに花堂が存在していてまとまりがない。この辺りから八幡山の麓にかけてが古くからの街らしく、狭い道路沿いに住宅や個人商店が建ち並んでいた。越前花堂の駅前では感じなかった生活感というものが漂っている。

時々冷たいものが顔にあたる怪しい空模様だったが、ここにきてとうとう本格的に降りはじめた。こんな事もあろうかと折りたたみ傘を持ってきておいて助かった。それにしても山に上がろうというタイミングで降り出すとか…。

花堂町内から八幡山を目指す (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
花堂町内から八幡山を目指す

八幡山の麓まではやってきたが登り口が見当たらず右往左往する。標識くらいあるだろうと進んでいくと、そんな物は見当たらないままに山を通り過ぎる有様である。引き返していると古びた石柱の立つ山道に気がつく。表面には「木田村 忠魂碑参道」と刻まれ、木田村というのは戦前に福井市に編入されているので相当に古い。よく分からないけど他に道も見当たらないので、とりあえずここから山に入ってみることにした。

山中はうっそうと茂る雑木や竹林に囲まれ、日没が迫っているかのように薄暗い。聞こえてくるのは木々を叩く雨音ばかり。うら寂しい雰囲気が漂いこのまま進んで大丈夫なのかと案じていると、程なくしてコンクリートでしっかり舗装された歩道が現れた。これが実によく整備されていて街路灯まで付いている。

平日の朝っぱらから雨降りの山中を歩くなんて私くらいのものかと思いきや、途中で一度ならず二度までも70歳くらいの男性とすれ違った。しっかりレインコートを着込んでいてなかなかと準備が良い。地元住民のウォーキングコースにでもなっているのだろうか。

八幡山の整備された歩道 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
八幡山の整備された歩道

延々と続く階段と蒸し暑さで汗が流れ、そこに雨も加わり何とも気持ち悪い。それを見計らったかのように水飲み場のある小さな芝生広場が現れた。幸いにして雨は小康状態になってきたので傘を片付けながら休憩を取る。麓の貨物駅では貨車の入れ替えでもしているのか、姿は見えないけど機関車の警笛が時折響いていた。

公園から先は車道になっていたが滅多に車は通らないので歩きやすい。ただヤブ蚊の多さときたらウンザリするほどで、目の前をいくつも飛び回っているのがはっきり見える。振り切るように自然と足が早くなりまた汗が流れる。何を採っているのか荷台に網などを載せた軽トラが止まっていて、こんな蚊の巣窟のような場所でよくやると感心してしまう。

ようやく到着した展望台は山の稜線上だけあって遮るものはなく、予想通りの眺めの良さであった。福井から武生方面まで福井平野を見渡すことができる。よく見れば遠く微かに白山の姿まで見えていた。風当たりも抜群で全身に吹き付けてくる風で一気に汗が引いていく。この景色にこの風が心地よくてしばらく立ち尽くしてしまった。

展望台からは福井市街から白山まで一望できる (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
展望台からは福井市街から白山まで一望できる

帰りは勝手知ったる同じ道を戻っていく。展望台から少し下ると途端に風は止んで蒸し暑さがぶり返してきた。さらにヤブ蚊も待ってましたとばかりに執拗に追い回してきて堪ったものではない。一瞬にして不快レベルが0%から100%に跳ね上がった気分だ。

足早に下っていく途中でふと思い立ち、気分転換がてら往路と違う道に進む。山中の道はあちこちで離合していたので、すぐ元の道に戻るだろうと思ったのだ。ところが見覚えのない谷間に降りていくではないか。気がついたものの坂道を引き返す気にはなれず、もうどうにでもなれやと勢い良く下っていった。

麓まで降りてくると神社の境内に出てきた。地区の氏神様といった雰囲気の小さな神社で、扁額には八幡神社とあった。八幡山だから八幡神社なのか、それとも八幡神社があるから八幡山なのか、はたまた両者は無関係なのか、名前の由来はよく分からない。神社の前には住宅街が広がり、どこか分からないが下山はできたらしい。

八幡神社前 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
八幡神社前

道に迷いつつも駅に戻ってくると、駅務室に明かりが灯っているのに気が付く。不思議に思いながら待合室に入ると窓口が開いているではないか。どうやら完全な無人駅ではなかったらしい。まもなく列車が来るらしく続々と人が集まってきており、なぜだか券売機ではなく窓口で切符を購入していくので発券に忙しそうだった。

次の目的地は隣りの六条なので券売機で買えることは確実だ。それで窓口の前にある券売機に向かうと、すかさず窓口から「こちらで発券しますよ」と声をかけられた。

まあせっかくだし窓口に向かい六条までと告げる。少し間を置いて「ああ、越美線ですね」ときた。地元では越美線で通っているのだろうか? なんだか知らないけどまだ越美線の名前は生きていた。そんな越美北線への切符を購入する人は珍しいのか、少々手間取りつつ発券してもらった。

窓口で購入した六条までの乗車券 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
窓口で購入した六条までの乗車券

列車が去り人気のなくなった待合室で休むも風通しが悪くて暑い。駅務室もクーラーはないのか窓口の中でも汗を拭いつつ暑そうにしてる。うちわが置いてあったけどそんな程度では追いつかない。外に居たほうがマシだと早めに越美北線ホームに移動すると、こちらは風が通り抜けて幾分快適だった。

九頭竜湖行きの725Dは2両編成でやってきた。ここでは2人下車して、入れ替わりに私ともう1人が乗車した。各車両にはざっと10人ずつ乗っていて意外と利用者が多い。越美北線の輸送密度はJR西日本の中でも下から数えたほうが早い少なさで、通学時間を外れたら空気を運んでいるようなものだと想像していたが、どうやらそうでもないらしい。

九頭竜湖行き 725D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
九頭竜湖行き 725D

越前花堂を発車すると大きく左にカーブして北陸本線から離れていく。これでようやく越美北線の旅になった訳だ。進路を内陸に向ける頃には宅地は途切れ、青々とした田んぼの広がる福井平野を一直線に進んでいく。

六条ろくじょう

  • 所在地 福井県福井市天王町
  • 開業 昭和35年12月15日
完乗状況の路線図
六条駅ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
六条駅ホーム

田園地帯の中にある見るからに利用者の少なそうなホームに停車した。やはりというか当然というか乗降客は私だけ。こういう駅は列車が去ると静寂に包まれるものだが、ここは近くを走る北陸自動車道から、ひっきりなしに走行音が聞こえてくる。静かな景色の広がる見た目とは裏腹に騒々しい所であった。

列車から降りると待っていたかのように再び雨がこぼれはじめ、風を遮るものがない場所だけに横殴りの雨だ。とりあえず待合所で収まるのを待つ。時刻は9時を回ったところだが、次の列車は13時近くまでないので慌てることもない。

待合所は清掃が行き届いていて休憩するには申し分ない。室内には見覚えのある木製ベンチや清掃道具が並び、芳香剤の香りまで越前花堂の待合所にそっくりだ。昭和中頃の開業ともなると各駅が既製品のごとく同じ作りになっている。

待合所の室内 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
待合所の室内

雨はじきに収まったので出発だ。駅舎はないのでホーム端のスロープを下ると、そのまま取り付け道路に出た。出入口の脇には車が何台か止められそうな小さな空き地がある。境界杭を見ると鉄道用地のようで、何か施設でもあったのだろうか若干気になる。

近くを横切る道路まで出てくると電話ボックスがあった。列車運休時はここが代行バス乗り場になると、待合所に写真入りで掲示してあった。その傍らに「天王町の今昔」という案内板が立ち、百年前と現在の比較地図が載っていて面白い。道路の位置とか大きく変わりすぎて、もはや同じ場所だと分からないほどだ。

案内板には越美北線に関する興味深い話も載っていた。なんでも昭和10年に路床工事が着工され、使用する土砂は近くにある山からトロッコで運んできたというのだ。どこまでも平地が広がるが昔はちょっとした山があったのだろうか? ちなみに路床は完成したものの戦争で工事中止となり、紆余曲折を経てようやく開業したのが昭和35年のことである。

駅前に立つ案内板「天王町の今昔」 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
駅前に立つ案内板「天王町の今昔」

周辺は駅近くこそ会社関係や地区のコミュニティセンターの建物が見られるが、大半は田んぼであり、そこに蔵や庭のあるような大きな住宅が点在していた。開業が遅いだけあってか特に駅前らしさはなく昔からこんな景色だったのだろう。

六条の神社巡り

平野部で農地とくれば進む方角にすら悩むところだが、ここは案内板で見かけた白山神社に行ってみることにした。この辺りで百年前から場所の変わっていない数少ない施設である。それからその近くにある正善寺に立ち寄って帰ってこようという計画だ。

傘を差すほどでもない小雨の中を進むと、道沿いには少し大きめの水路が流れていた。案内板にはこのあたりに六条用水という、これまた百年前にもあった水路が載っていたのだがこれがそうだろうか? 何となくそんな気もするし違うような気もするし分からない。

道路沿いには下水工事が始まるらしく重機が何台も止まっていて物々しい。まだ工事の開始時間になっていないのか、手持ち無沙汰にたむろする作業員の姿を見かける。

天王町内を白山神社に向かう (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
天王町内を白山神社に向かう

駅からほんの数分も歩くともう白山神社が見えてきた。鳥居は両脇を住宅と保育園に挟まれて窮屈そうだが奥行きはかなりある。参道沿いには松や杉が適当に植えたような不揃いな太さと間隔で並ぶ。その枝葉は頭に触るように位置にまで茂っていて緑の多さが落ち着く。隣接する保育園では昼食の調理中らしく、境内に腹の空くようないい匂いが漂っていた。

奥まった場所に建つ小じんまりした拝殿は風雪対策かガラスで囲われていた。北陸では神社だけでなく寺でもこの姿を見かけるけど、アルミサッシが目立ってどうも味気なく感じる。民家にお邪魔するようにカラカラと引き戸を開けて参拝をしてきた。

天王町の白山神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
天王町の白山神社

境内には上部に欠けのある特徴的な形をした石塔が建っていて、どうしてこんな場所が破損したのかと近づいてみると震災記念之塔とあった。

説明によると昭和23年の福井地震(東日本と阪神淡路に次ぐ戦後3番目の規模の震災)でこの辺りも大きな被害を受け、この神社も神殿から一の鳥居と二の鳥居まで倒壊したそう。この塔は惨事を伝えるのと同時に鳥居を保存するため、倒壊した鳥居で作られているということだった。それでこんな形をしていたのだ。

鳥居で作成された震災記念之塔 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
鳥居で作成された震災記念之塔

次は近くにあるという正善寺に向かう。このあたりが天王町の中心地なのか住宅が密集しはじめ、酒屋やカメラ屋といった看板だけ残るような個人商店も散見される。農協や病院に小学校といった大きめの建物もあった。集落の中を通り抜ける県道は交通量が多く、車だけならず人の姿も見かけるので急に賑やかな雰囲気に変わった。

そこにまた小さな神社があり立ち寄ってみると白山神社だった。同じ町内に2つの白山神社とはどういうことかと思いきや、ここはもう隣の上莇生田かみあぞうだ町という所らしい。

境内は石畳の参道を残して絨毯のように苔に覆われていた。苔を踏まないように足元を選びつつ歩く。奥には緑の苔によく似合う板張り黒瓦の拝殿があった。まるで古い木造校舎の正面玄関だけ切り出したような形で、重厚感ある屋根なのに左右が短いからどこかバランスが悪く見える。出入口にはがっちりと鍵がかけられていて参拝どころではなかった。

上莇生田町の白山神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
上莇生田町の白山神社

交通量が多くて落ち着かないので静かなところを求めて田んぼの方に進むと、下六条町という新しい町に入り込んでしまった。この辺りは少し歩けば別な集落に出会う。そしてそれぞれに神社があり、ここにあったのは越前花堂にあったのと同じ八幡神社だった。境内にほとんど使われてないブランコや滑り台があるところまで似ている。

遊具があるだけに広場のような明るい境内には、コンクリート造りのどっしり重厚感のある拝殿が鎮座していた。参拝しようと思ったが重々しい金属製の扉で閉ざされ、中を伺い知ることはできない。鉄格子の入った窓といい宝物殿のように厳重な建物である。すぐ脇には摂社だろうか小さな神社があり、そのまた傍らにも小さな祠があった。

下六条町の八幡神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
下六条町の八幡神社

いつのまにか意図せず六条の神社巡りとなってしまったが、お互い徒歩数分の距離にありながら、それぞれまるで異なる雰囲気と造形なのが面白い。元々探していた正善寺はといえば最初に訪れた白山神社のすぐ近くにあった。

福井市美術館と震災電車

駅に戻ってきたものの次の列車までまだ1時間半もあった。4時間近くも列車間隔が空いていると、これだけ歩き回ってもこの余裕である。

余った時間をどうしようか考えていると再び雨がこぼれてきた。待合所に入って様子を見るが傘を差そうか迷うような中途半端な降り方で、こういうのはかえって困り物である。空を見上げると雲がすごい勢いで流れていて台風の接近を感じさせる。雨も真上というよりはどこか遠くから風に乗ってきている感じがした。

地図を見るとホーム向かい側に広がる田んぼの先には、福井市美術館や大きな公園があるらしい。腹が減るので飯屋を探しがてら向かってみると、歩いても歩いても田んぼが続き、それらしい気配すら感じられなかった。台風らしい生暖かい風が吹き抜け、稲穂をざわざわ揺らす音が心地よく、腹は満たされぬが気分は満たされていく。

六条駅周辺に広がる田んぼ (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
六条駅周辺に広がる田んぼ

福井市美術館の駐車場には車というものが全く見当たらず実に広々としていた。辛うじて片隅にキャンピングカーが1台止まっているだけである。美術館らしく美しく整備された緑あふれる敷地内を進むと、黒川紀章の設計というガラス張りの巨大な建物が現れた。ここもまた猫の子一匹いない静寂に包まれていて、おかしいと思ったら休館日なのであった。

隣接する芝生広場に行ってみると周囲を木立に囲まれ、サッカー場の如く広々とした芝が広がる美しいところだった。広すぎて歩き回るのが若干面倒にも感じる。奥の方には大型の遊具なども見え、休日ともなれば親子連れで賑わいそうだが、台風の迫る平日とあっては美術館同様まるで人気はない。辛うじて弁当を食べるおっちゃんを見かけたくらいである。

人気のない福井市美術館 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
人気のない福井市美術館

駅に引き返そうかと考えていると、古びた鉄道車両が鎮座しているのが見えて思わずそちらに足が向かう。その懐かしい塗装ですぐに福井鉄道の車両であることはピンときた。なぜだか無数に飛び交う赤とんぼの中をやってくると、シンプルな食パンのような形をした車両で、しっかりとした屋根に覆われていて状態は良さそうだ。

説明板によると「モハ121-2号」という昭和8年製の電車だった。単純に古いだけではなく経歴がすごくて、昭和23年の福井地震で全焼の被害に遭いつつも復活して、平成9年まで現役だったという車両だ。田んぼの中にある小さな六条駅で、立て続けに震災を伝える者に出会うとは思わなかった。

震災電車 モハ122-2号 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
震災電車 モハ122-2号

気がつけば列車の時刻が迫ってきており急ぎ足に駅に向かう。運転本数が少ないから1本逃すと大変なことになるので気が急く。空腹で力は入らないし蒸し暑いしでバテバテだ。意地の悪いことに、このタイミングで傘を差しても濡れるような激しい雨が降ってきた。

何とか間に合って何気なく待合所の運行情報モニターに目をやると「台風5号が接近しているため、越美北線に運転取りやめの可能性あり」などと流れていて不安にかられる。こんな場所に取り残されたら一体どうやって帰ろうかと本気で思案してしまった。

そんな不安をよそに定刻通り九頭竜湖行きの列車は姿を現した。1両でローカル線らしい姿だと思ったが、そんな印象を覆すように車内はえらく混雑していた。ざっと30人は乗っていて立ち客まで出ている。すぐ降りるとはいえワンマン運転で混雑すると、車内を運賃箱まで移動するのが困難になるから嫌だ。

九頭竜湖行き 727D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
九頭竜湖行き 727D

六条と足羽の間には田んぼが広がるばかりで、変化といえば北陸自動車道の下をくぐり抜けることくらいだ。両駅は肉眼でも見えそうな近距離とあってすぐに到着した。

足羽あすわ

  • 所在地 福井県福井市稲津町
  • 開業 昭和39年5月20日
完乗状況の路線図
足羽駅ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
足羽駅ホーム

田んぼの中にぽつんとホームがあるだけの駅だったが、私の他にも降りる人がいた。周囲はどこをどう見ても田んぼしかなく、遠巻きに取り囲むように中学校の大きな建物や住宅が点在している。騒々しい北陸自動車道から離れたこともあり見た目通りに静かな駅だった。

この駅は越美北線の開業4年後に新設されているが、田んぼに囲まれているだけでなく六条からわずか1.4kmしか離れていない。この立地にわざわざ設置したのを不思議に感じた。

ホームの造りは開業年の違いからか前の2駅とは明らかに異なる。これまでの土盛りから一転して、レールを再利用した骨組みの上にコンクリートを敷いた構造で、何となく安っぽく見えた。表面はすっかり劣化してザラザラになり鉄筋が顔を出していたりするが、出入口周辺だけは補修されて滑って転びそうなくらいキレイになっていた。

ホーム表面はすっかりザラザラ (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
ホーム表面はすっかりザラザラ

待合所の造りにも変化があり室内は明らかに広くなっていた。ただベンチは進化したのか退化したのか、これまでの体に沿うような曲線を持った形から、座面も背もたれも水平垂直というざっくりした形になった。その平坦で奥行きのある座面はまるで寝台車のようで、田んぼに囲まれた立地といい、寝るにはすごく良さそうなどと考えてしまった。

壁には足羽第一中学校の生徒会による「清掃しました」の張り紙があり、そのおかげか無人駅のベンチによくある、座るのもためらうような汚れもなく快適なものである。

待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
待合所

駅前の道路に出るとやたらと自転車が行き交っていた。乗っているのはジャージ姿の中学生ばかりだ。学校に向かう自転車に去る自転車と、夏休み中というのにご苦労なことである。

ホームの裏側には駅の規模には似ても似つかない、ざっと40〜50台くらいは止められそうな大きな駐輪場があった。なぜここに駅を設置したのだろう思ったけど、これを見ると六条よりずっと利用者は多いのかもしれない。何といってもこれだけ中学生が通るのだから、高校の通学利用者もそれなりにあるだろう。

ホーム出入口と自転車置き場 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
ホーム出入口と自転車置き場

駅を観察しているとまた雨がこぼれはじめた。列車を降りた時には降った形跡がないほど乾いていたというのにこれだ。朝から雨雲に追いかけられている気がする。

足羽川までひと歩き

困ったのが周辺に田んぼか中学校しか見当たらないことだ。ここに行きたいと思うところがないので、とりあえず近くを流れる足羽川という駅名と同じ川に向かうことにした。越美北線沿いを流れ下ってきた川で、2004年の福井豪雨では鉄橋を5つも流出させ、あわや廃線という状態にした犯人でもある。

駅から川までは1kmほどの距離なのですぐに到着した。例によって飯屋でもないかと探しながら歩いてきたが、田んぼの中に点在するのは住宅ばかりだ。せいぜい昔は何かの商店だったらしき建物を見かけた程度である。

堤防上に上がると広々とした足羽川が視界に広がった。ゆったりと流れる穏やかな川面には、小雨によって無数の波紋が広がっていた。この川は今朝福井を出発した直後にも渡っているのだが、上流にも関わらずかえって広くなったように感じる、それも大幅に。

穏やかな流れの足羽川 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
穏やかな流れの足羽川

対岸には住宅が密集していて背の高い木立に囲まれた神社らしき一角も見えた。これなら飯屋かそうでなくとも何か面白いものに出会えるかもしれない。目の前には橋までかかっているのだから行くしかないというものだ。

稲津橋という橋でその名の通り対岸に見えるは稲津町だが、実は駅があるのも稲津町で、最初からこの町をうろついているだけだったりする。川が町の境界になりそうなものだが、川を挟んで駅の場所まで町域が伸びた不思議な形だ。

中心地らしき住宅街に入ると途端に狭い道路が入り組むようになり、寺院が複数あったりして比較的大きな古くからの町といった様子だ。六条もそうだったが駅から遠ざかるほどに住宅が増えていく。右往左往しているとコミュニティバスのバス停まであった。ただ飯屋どころから人の姿というのを全くといっていいほど見かけなかった。

狭い道路が入り組む稲津町 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
狭い道路が入り組む稲津町

対岸から見えた木立の所までやってくると、やはり神社があり鳥居脇の石柱には本日3社目となる白山神社の文字があった。北陸や中部は白山のお膝元だけに白山神社が多い。石柱の側面には「内閣総理大臣 岡田啓介 謹書」とある。福井県出身では唯一の総理大臣だ。

神社自体は古くからあるようだが、鳥居から玉垣に狛犬に至るまで何を見ても真新しい。このような神社に出会うことは滅多にないので何か不自然にすら感じてしまう。拝殿は小じんまりとした入母屋造りで、鈴や賽銭箱などもある見るからに神社という姿をしていた。何もかも新しいから以前はどんな姿をしていたのか想像をかきたてられる。

稲津町の白山神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
稲津町の白山神社

そろそろ駅に戻ろうかと思うが深刻な空腹でまるで力が出ない。今日だけでなく昨日からろくに食べていないのだから完全なエネルギー切れである。我慢している訳でもないのに食べ物が全く手に入らない、ローカル線あるあるな話なのだが参ってしまう。

だらだら歩いていると軽快に走るおばちゃんに追い抜かれた。誰もいないと思っていただけに突然すぐ脇に現れたから驚いた。一瞬にして追い越すとみるみるうちに遠ざかっていく。こちらは歩くのも面倒といった状態だというのに、羨ましいようなキビキビした動きである。

田んぼの向こうに見える駅を目指して、最短でたどり着けそうな道を選んで進む。見えているのになかなか到着しないのがもどかしい。そしてようやく目の前まで来たのに線路に阻まれてしまい、近くの踏切まで余分に歩かされて疲れた。

足羽駅周辺に広がる田んぼ (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
足羽駅周辺に広がる田んぼ

待合所のベンチに座り込み時刻を確認すると次の列車まで1時間もあった。まだどこかへ行けそうだけど近場には田んぼしか見当たらない。何より単なる空腹から体調不良に変わってきていて歩く気にもなれず、列車が来るまで休もうとベンチに寝っ転がる。吹き込む風と稲穂のざわざわ揺れる音が心地よかった。

休めば体調も良くなるだろうと思ったが、全然快方に向かわないまま列車がやってきた。もし福井行きだったら飛び乗って帰りたいくらい調子が悪いが、残念ながらやってきたのは越前大野行きだ。これは次の駅に行けということだと思って乗り込んだ。

越前大野行き 729D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
越前大野行き 729D

車内はまたまた立ち客も出る混雑ぶりで、平日日中の越美北線がこれほど利用されているとは予想外だ。それは良いことだけど途中駅から乗ってもろくに座れない訳で、この先の旅が思いやられるところでもある。当然座る場所はないので運転席の後ろに立っていく。

車窓の田んぼは徐々に宅地に変わりはじめ、久しぶりの街らしい空気になってきた。前方に見えてきた駅もこれまでのホームだけという姿ではなかった。

越前東郷えちぜんとうごう

  • 所在地 福井県福井市東郷
  • 開業 昭和35年12月15日
完乗状況の路線図
越前東郷 駅舎 (X-T1 + XF16mm F1.4R)
越前東郷 駅舎

簡素ながら駅舎にホーム上屋まであり、久しぶりの駅らしい姿をした駅だった。東郷は古くからこの辺りの中心地であり人家も多い。前方には低い山並みが迫っていて福井平野の端であることを感じさせる。ここから線路は山間に入っていくことを考えると、まとまった下車があるのではないかと予想したが、降りたのは私を含めて4名だけであった。

人の流れに乗って待合室に入ると体調不良もあってそのままベンチに座り込んだ。周りは徒歩や自転車であっという間に去っていき、待合室には私だけが残された。開け放たれた窓からは風が勢いよく吹き込んできて涼しい。

駅舎はコンクリートブロックを積み上げた質素な造りだが、同時期に開業した能登線でこういう駅舎をよく見たので懐かしくもある。かつての窓口は完全に塞がれていて寒々しいが、待合室には生花が飾られていたり、ベンチには座布団が並んでいたりと、地元の人により管理されている様子が伝わってきて少しほっこりする。

越前東郷 待合室 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
越前東郷 待合室

落ち着いたところで素通りしてしまったホームに引き返した。駅舎とホームの間には島式ホームの交換可能駅だった名残りで、錆びついた線路とそれを横断する構内踏切が残る。その線路の先に視線をやれば今でも片側だけ本線と繋がっていた。保線車両あたりが利用しているのかと思ったけど、構内踏切をよく見ると線路はアスファルトで埋められていた。

ホームは中央付近に小さな上屋とベンチがあるだけで駅舎同様に簡単な造りだ。使われなくなった上り線側に柵がしてあるが、それ以外は開業当時とほとんど変わってなさそう。

構内はホーム両側に残る線路だけでなく、さらにその外側にも線路があったらしき跡地が広がっていた。よく見るとバラストの隙間から古い枕木が顔を出していたりする。そんな空き地は今では桜並木や花壇として利用され、ちょっとした公園にもなっていた。

かつての上り線と島式ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
かつての上り線と島式ホーム

待合室に戻ると車でやってきた二人連れが窓を閉めていた。台風に備えて見回っているらしく駅舎の内外を一通り歩いている。ここまでの無人駅は窓もドアも開け放たれ、このまま風雨が強くなったら水浸しだと思ったけど、心配の必要はないようだ。

駅前は広いが小さな庭園と槇山城跡の案内板があるくらいだ。周囲には今週末に行われるという「おつくね祭り」の横断幕やのぼりが立ち、その関係なのだろうか駅舎から道路の頭上に至るまで、赤・青・黄色とカラフルな提灯が無数に吊り下げられていた。ちなみにおつくねとは東郷地区の方言でおにぎりの事だそう。おにぎりで町おこしをしているのか、駅舎の出入口にも大きなおにぎりパネルが掲げられていた。

水路の流れる街並み

降り立ったからにはどこかへ行こうと思うがどうしたものか。ここのメイン観光地は恐らく案内板にある槇山城跡で眺めも良さそうだ。その近くにある石仏観察路というのも気になる。ただ現在の残存体力ではいかに低山といえど行き倒れになりかねない。高い場所は今朝の八幡山で十分だろうと適当な理由も考えつつ、街歩きでお茶を濁すことにした。

駅前からは2車線で歩道付きという道路が伸びていて、越前花堂と同じく駅の設置に合わせて整備した雰囲気がする。その途中にはトックリ軒という探し求めていた飯屋があり、見るからに個人経営の駅前食堂といった様子の、ごちゃごちゃした感じがたまらない。しかし残念ながら準備中の無情な文字が掲げられていた。

駅前通りのトックリ軒 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
駅前通りのトックリ軒

足取り重く進んでいくと道路の中央を大きな水路の流れる、見るからに歴史のありそうな通りに出た。この辺りは城下町というだけでなく、東郷街道と大野街道の交わる交通の要衝でもあるので、かつては商家や宿屋が建ち並び賑わっていたことだろう。もっともそんな歴史を感じさせる古い街並みは残っておらず、人気もないのでどこか寂れた感じがした。

往時を偲ばせる水路は堂田川どうでんがわという名前で、疏水百選にも選ばれた足羽用水の一部を成しているそう。同じ福井県の宿場町、疋田宿で見かけた船運用の水路に似ていると思ったが、こちらは主に農業用とまるで用途は違った。川面を覗き込むと色とりどりの鯉が泳いでいた。

司馬遼太郎氏の街道をゆくで「手にすくって飲めそうなほどに澄んでいた」と記したのはこの水路の事だと思うが、雨の影響だろうか飲めそうにないほど濁っていた。

街中を流れる水路 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
街中を流れる水路

水路沿いは美しく整備された遊歩道が通り、それでいて観光客の姿など全くない実に落ち着いたところだ。街歩きを楽しみたい気持ちが湧いてくるも疲労困憊で、そこらかしこに配されたベンチで休んでばかりだ。少し歩いては少し休んで大年寄のようである。周辺では台風に備えてか花のプランターを片付ける姿が見られた。

この辺りは何か河童に縁があるのか河童の像が建てられ、その手には紫陽花を一厘握っていてなかなかと絵になる。この様子だと季節によって花の種類が変わったりしてそう。

堂田川の河童 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
堂田川の河童

街道から少し奥まった所には寺社が建ち並んでおり、その中のひとつ、ちょうど目の前にあった稲荷神社に立ち寄ってみた。境内は子供の遊び場らしく賑やかな声が聞こえてくる。

稲荷神社なので赤い鳥居や狐を想像したが、普通に石造りの鳥居や狛犬が並んでいた。いつの時代の鳥居だろうと彫られた文字に目をやると、皇太子御成婚記念とあり想像したよりずっと新しくて拍子抜け。奥の社殿はまるで白壁土蔵に大きな唐破風を付けたような建物で、近くの案内板によると江戸時代後期の建築と、こちらは想像以上に歴史があった。東郷がまだ宿場町として賑わっていた頃から佇んでいるのだ。

東郷の稲荷神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
東郷の稲荷神社

じっくり歩いたらかなり楽しめそうな街という印象で、特に槇山城跡がとても気になる。気にはなるが登る元気もなく早く宿に帰って布団にダイブしたい。今なら次の福井行きに乗れるとあって、名残惜しいが何れ再訪することにして駅に引き返した。

エピローグ

完乗状況の路線図

駅舎に入ると意外にも5〜6人の先客がベンチに座っていた。夕方は福井からこちらへ帰ってくるばかりかと思ったけど、逆に福井に帰る人達もそれなりに居るようだ。一体何の用事があってこの町に来ていたのか他人事ながら気になる。待合室には座る場所もなかったので、そのまま素通りしてホームに向かった。

本日最後となる列車は福井行きの730Dだ。今までの様子からして混雑は必至であり、この疲労感の中で立っていくとか勘弁してほしいと思いつつ乗車すると、確かに混雑はしているのに不思議とボックス席が1箇所だけ空いていて、天の助けとばかりにありがたく収まった。

福井行き 730D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
福井行き 730D

帰途は景色を眺める余裕もなく、ほとんど眠ったようにして福井に戻ってきた。そして列車を降りるとホームのベンチに座り込む有様だ。これほど疲れた日というのも滅多になく、しばらく休んだところで真っ直ぐ宿に向かった。

(2017/08/07)

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