越美北線 全線全駅完乗の旅 2日目(越前東郷〜市波)

越美北線の旅 2日目 旅行記&乗車記 地図

目次

プロローグ

完乗状況の路線図

2017年8月9日、午前6時の福井駅にやってきた。

昨日は台風で全列車運休という憂き目に遭ってしまい、台風一過で天候は良くとも運行しているかどうかが心配だ。ニュースでは8月の観測史上最高の雨量などと言っており、水害で不通にでもなっていないか気が気でない。恐る恐る運行情報を確認すると、どうやら平常運転のようで胸をなでおろした。

台風一過の福井駅 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
台風一過の福井駅

まず目指すは前回到達駅のとなり一乗谷だ。乗車券を購入して意気揚々とホームに上がり発車案内板に目をやると、どういう訳だか乗車予定の6時30分発がない。それどころか次の9時8分発が表示されているのだ。戸惑いつつ改めて運行情報を確認すると越美北線は徐行運転になっていた。運休とは出ていないが6時30分発の列車はどこに消えた?

出直すにしてもこの入錠済みの切符はどうしたものか、面倒なことだと思いつつも少し間を置いてから発車案内板に目をやると、何事もなかったかのように「6時30分 越前大野」と表示されていた。何が何だかよくわからない。

こうなったら根比べだとばかり腰を据えて待っていると肉声の案内放送があった。それによると越前東郷から先の区間で徐行運転のため到着が遅れるそう。そんな肉声放送の合間には「定刻で運転しています」と自動放送が繰り返されるのが何ともカオスであった。

約45分遅れでやってきた720D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
約45分遅れでやってきた720D

そのような訳で越前大野からの列車が大幅に遅れた結果、その折り返しとなる6時30分発の越前大野行きは、約30分遅れで福井を発車した。乗客はざっと10人弱といったところで、前回の同じ723Dで見かけた顔ぶれも多い。きっと毎日こんな感じで私だけが異質な存在なのかもしれない。

車窓には発車後すぐに増水して濁流の流れる足羽川が飛び込んできた。福井平野の田園地帯に差し掛かると、雨上がりの澄んだ空気の中で、濡れた稲穂がつやつや輝く清々しい眺めが広がる。台風一過で青空が広がり最高だなと思ったのも束の間、徐々に雲が広がりはじめ、行く手の山並みには灰色の厚い雲がかかっているのが見えた。

車窓には徐々に雲が広がる (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
車窓には徐々に雲が広がる

越前東郷を過ぎると左右から山並みが迫ってきて、ここまで好き勝手に進んできた国道や足羽川と並ぶように谷間に入っていく。この谷間に入ってすぐの場所にあるのが一乗谷だ。

一乗谷いちじょうだに

  • 所在地 福井県福井市安波賀中島町
  • 開業 昭和35年12月15日
完乗状況の路線図
一乗谷駅 ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
一乗谷駅 ホーム

福井を出発してからというもの乗降は越前花堂で降りた一人だけ、ここで降りたのも私だけだった。列車が去ると目の前には緑あふれる山並みと、その麓に広がる田んぼという緑鮮やかな景色が広がる。雨上がりのしっとりした空気感と相まって、これまで降り立った越美北線の駅では最も美しかった。

一乗谷は越前国を支配していた戦国大名朝倉氏の拠点であり、政治や文化の中心地として栄華を誇ったという。そんな地に近いとは思えないほど静かに自然が広がっていた。

駅はホームが一面と待合所があるだけの小規模なものでトイレすらない。作りとしては六条にそっくりで、待合所の中にある備品に至るまで同じだ。きっとこの先も昭和35年開業の駅は、間違い探しができそうなくらい似ているのだろう。

一乗谷駅 待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
一乗谷駅 待合所

ホームには電話で迎えを頼む学生の姿があり、ダイヤの乱れを今知ったようだ。そこへまるで観光客のような出で立ちをした、若い女性二人連れもやってきた。近くに宿でもあるのか、それともこう見えて地元客なのか、この駅には似合わない不思議な存在だった。

そこに自転車に乗った爺ちゃんまで現れ、慣れた調子で出入口に自転車を止めるとホームに上ってきた。だがそのままホームを横切ると線路に飛び降りてしまった。一体何を始めるのかと見ていると、線路も横切り向かいの田んぼに入っていく。何の事はない単なる田んぼへの近道としての駅利用者なのであった。

ホーム中ほどに出入口の階段が設けられ、その傍らには観光案内板が立っていた。ここはかの有名な一乗谷遺跡への最寄り駅なのだが、案内板の他にはそれを感じさせる物はない。せめてトイレくらいは設置してもよさそうなものだが…。

出入口には観光案内板が立つ (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
出入口には観光案内板が立つ

駅前には数十台は並べられそうな大きな駐輪場があったが、片隅に1台ぽつんと置いてあるだけという寂しさ。利用者の多かった時代の名残りか、はたまた夏休みのせいだろうか。

周辺は足羽川沿いにできた平地で田んぼの中に住宅が点在する。山間ではあるものの山が低いことや谷間が広いことから明るく開放感がある。近くには国道や足羽川が横切り一乗谷朝倉氏遺跡資料館の大きな建物も見えた。

西山光照寺跡

ここでは当然のように一乗谷遺跡に向かう事にしたが、その前に駅のすぐ裏手にある西山光照寺跡に立ち寄ることにした。天台宗真盛派の寺院でかつては一乗谷最大の寺院だったそう。その遺構はホームや車窓からも目にすることができ、降り立った時から気になっていた。

すっかり曇り空だと思っていたが、歩き始めるとタイミングよく日が差しはじめた。途端に汗が滲んできて、ありがたいようなそうでないような複雑な気分である。

寺院跡に近づくほどにセミの鳴き声が賑やかになってきた。隣接する駐車スペースには既に15台ばかりの車が並び、朝っぱらからこんなに観光客が訪れるとは驚きだ。熊出没注意の看板を横目に寺院跡に立ち入ると、これまた驚いたことに誰もいなかった。

西山光照寺跡 (FUJIFILM X-T1 + XF10-24mm F4R)
西山光照寺跡

あの大量の車は一体何なのかとやってきた車を見ていると、駐車スペースに止めるとそのまま寺院跡とは逆方向に歩いて行ってしまう。向こうに一体何があるのか知らないが、寺院跡とは無関係な何かの駐車場として利用されているようだ。

西山光照寺跡には大きな四角い池があり、それを取り囲むようにして約40体の石仏が並んでいた。自分の身長かそれ以上はあろうかという石仏がずらりと並ぶ様は壮観だ。今でこそ覆屋の下でしっかり保存されているが、一体一体を見ていくとあちこち破損している。眺めていると何がどうしてこうなったのか想像をめぐらしてしまう。

西山光照寺跡の石仏群 (FUJIFILM X-T1 + XF10-24mm F4R)
西山光照寺跡の石仏群

周辺には伽藍が建ち並んだであろう空き地が広がり、セミの鳴き声だけが騒々しく人気のないその様子に栄枯盛衰を感じさせる。散策している間にも駐車スペースには頻繁に車が出入りするが、こちらを訪れる人は誰一人として居なかった。

一乗谷遺跡

次はいよいよ当初の目的地である一乗谷遺跡に向かう。一乗谷はおよそ百年に渡り越前の中心地として繁栄したが、1573年に信長軍の手により灰燼に帰している。後に越前を治めた柴田勝家は、現在の福井市中心部に位置する北ノ庄城を拠点にしたため、一乗谷はすっかり歴史と田畑に埋もれていた地だ。

西山光照寺跡から遺跡に向けては歩道が整備されていて、迷う心配もなければ車の心配もなくずんずん進んでいく。こうして歩いてみると一乗谷駅はすぐ近くの資料館を皮切りに、点在する史跡を巡り歩くには絶好の立地なのだ。

歩道はあまり通る人もいないのか路面が苔むしていて、雨上がりで濡れていることも加わり何度も滑って転びそうになった。危険を感じる箇所はソロリソロリと進んでいくが、足元にばかりに注意を払っていると今度はクモの巣に引っかかる。上に下にと気が抜けない。

西山光照寺跡から続く歩道 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
西山光照寺跡から続く歩道

少し歩くと安波賀あばか町という変わった名前の小さな集落に入り込んだ。ここは足羽川とその支流の一乗谷川の分岐点に近い。そんな両者を隔てる小高い山の麓に「春日神社」があり、入口は両脇を住宅に挟まれた窮屈そうな場所にあった。目の前に洗濯物が見えるような所で、最初はそれほど歴史ある神社とは思わなかったが、一乗谷で唯一現存する朝倉氏の時代から続くという寺社であった。

山の中腹にある拝殿に向けて石段が伸びており、こちらは見るからに歴史のありそうな、右に左にとかたがる年季の入った姿だった。足を踏み入れると山上からひんやりと湿った風が吹き下ろしてきて心地よい。うっそうと茂る木々による薄暗さ、苔やシダ類に覆われた足元、そして冷たい風とが相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。

春日神社 参道 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
春日神社 参道

拝殿は相当に古い木造建築で周囲を大きな木々が取り囲む。当然のようにこの社殿や社叢は福井市の有形文化財になっていた。ゆっくり眺めていたい気分だが、座って休めるような場所は見当たらなかった。適当な場所に座ろうにも苔むしていてそういう訳にもいかないのだ。

それより何よりこの神社における最大の問題は蚊の多さだ。動きを止めると途端に刺してくるから油断ならず、座れたところで休むどころでなかった。せっかくの美しく厳かな神社も蚊のせいで雰囲気ぶち壊しで、集まってくる蚊から逃げるように神社を後にした。

春日神社 拝殿 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
春日神社 拝殿

これより先は足羽川支流の一乗谷川を遡っていく。足羽川に比べれば小さな川だが、それでも川幅は広いところで20メートルほどあり豊富な水が勢い良く流れていた。台風の影響か水は若干濁り、至る所で河原の雑草がなぎ倒されているのが目につく。

そんな谷に入ってすぐの場所に待ち構えているのが「下城戸しもきど」だ。左右に山が迫る谷幅の狭まった箇所で、ここに10トンを越えるという巨石を積み上げた石垣、それに壕や土塁などが行く手を阻むように横たわる。石垣で形作られた通路は、途中で直角に曲がって先が見通せない上に幅も狭く、大群で攻めようにもここで大渋滞は必至である。

下城戸を抜けると城戸ノ内きどのうちと呼ばれるかつての一乗谷の中心地に入る。城下町や居館だけでなく周囲の山々にも城や見張り台があり、人口は1万人を越えたというが、今は僅かばかりの農地や住宅が点在するのどかな景色が続いていた。

折れ曲がった通路の下城戸 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
折れ曲がった通路の下城戸

一乗谷川に沿うように点在する集落の中を進んでいくと「平面復元地区」と呼ばれる城下町の遺跡が現れた。数百年に渡り田畑の下に埋もれていたというだけに、建物こそ何もないが町割りは当時のままきれいに残る。足元の様々な区画を見ていると、見たこともない往時の街並みが目の前に浮かんでくるようだ。

遺跡の中を歩くと様々な職業の家から大きな寺院跡、それに墓地の跡まであった。最初はこんな小さな家に暮らしていたのかと思うような小さな区画だったのが、奥に進むにつれて大きな区画に変わってきた。これは武家屋敷の跡だそうで今も昔もお偉いさんの家は大きい。それにしても広大な上に日陰も全然ないので暑さと喉の渇きに若干参ってきた。

観光客の姿はまるで見かけず、忘れたころに車が1台止まって少し眺めては去っていく程度と、ほとんど私の貸し切りであった。

一乗谷遺跡 平面復元地区 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
一乗谷遺跡 平面復元地区

さらに谷をさかのぼると「復原町並」があり、遺跡の上に当時の町並みが再現されていた。有料だがせっかく訪れたのだからと受付に向かう。すると駅の近くにあった資料館との共通券がお得で、帰りにでも立ち寄ることにして思わずそちらを購入した。

入場するとちょっとした茶店や自販機があり、ようやく喉を潤して休憩ができた。これまで観光客はほとんど見かけなかったが、ここには大勢の老若男女を見かける。ただ茶店に入るような人は全然おらず店員のおばちゃんは手持ち無沙汰にしていた。

復原町並は1つの通りに面した街並みが再現されており、建物や塀がまるで時代劇のセットのように続く。途中には着物姿のエキストラのような人も座っていた。これは実に本格的だと門の中を覗き込むと、塀の向こうは遺跡そのもので建物は何もなく拍子抜けした。ただ全体がハリボテという訳でもなく、中には内部まで復元された建物もあった。

一乗谷遺跡 復原町並 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
一乗谷遺跡 復原町並

次は城下町とは一乗谷川を挟んだ対岸にある「朝倉義景館跡」に向かう。堀に囲まれた十数棟の建物からなる屋敷で、城下町には大きな武家屋敷や寺院跡もあったが、それらと比較しても桁違いの規模といえよう。さすがは朝倉氏の居館といったところか。

広々とした芝生広場を抜けて最初に見えてくるのが、堀にかかる木橋の向こうで口を開ける唐門だ。小さいながら存在感のあるこの門は、朝倉義景の菩提を弔うためにかつて館跡に建てられていた松雲院の寺門で、豊臣秀吉が寄進したものと伝わるそう。

その周囲では10日後にあるという「越前朝倉戦国まつり」に備えてなのか、それとも台風で片付けていたのだろうか、事情はよく分からないが越前国朝倉と書かれたのぼりや、提灯などを立てている最中であった。

朝倉義景館跡 唐門 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
朝倉義景館跡 唐門

館跡は跡というだけあって建物は何も残ってないし復元もされていないので、その基礎の形と広大な土地だけが往時を偲ばせる。片隅には朝倉義景の墓がぽつんと佇んでいた。

背後に迫る山に上がると遺跡を一望できるだけでなく、山中にはいくつもの庭園跡がのこされていた。特に庭園の中でも最大規模という諏訪館跡庭園は往時の景観が復元されており、緑に覆われた美しい石組みの中を、滔々と水の流れる優美な姿を見せていた。山をさらに上っていけば山城跡などの遺構もあるそうで気になるが、それ以上に時間や熊が気になるので程々のところで下りてしまった。

右往左往と思いつくままに歩き回ったが、とにかく広大な遺跡なので歩いても歩いてもきりがない。こんなに歩き回ったのにまだまだ見落としている所は多く、全てを見てやろうと思えば1日がかりでも厳しそうだ。

広大な朝倉義景館跡 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
広大な朝倉義景館跡

先ほど復原町並で入手したパンフレットに目を通していると、近くにそば屋の文字があるのを見つけた。昼が近く小腹が空いた事もあるが、これを逃したら飯抜きになる予感がして足を運ぶ。やってきた駐車場の周りにはそば屋だけでなく土産物店に公衆トイレ、それに遺跡の広大さを表すように無料のレンタサイクルまであった。

そば屋に入ると休憩所も兼ねた建物で、観光PRの流れるテレビやパンフレット、それに自販機までもが並んでいた。どちらかというと休憩所の方がメインで、駅の待合室にある立ち食いそば屋を連想させる佇まいだ。

注文に向かうとこの暑さとあってか、こちらが尋ねる前に冷たいのは「ざるそば」と「おろしそば」だと説明があった。ざるそばを注文しつつもカウンター上にラップに包まれた、ゆかりのおにぎりが並んでいるのが気になる。懐かしくもあり美味しそうでもあり思わず手に取ってしまった。このような場所で手作りおにぎりとか遠足を思い出す。

昼食のざるそば (Canon PowerShot G9 X)
昼食のざるそば

ゆっくり食べたいところだが休憩所を兼ねて冷房が効いているものだから、何するでもない人たちが頻繁に出入りして落ち着かない。慌ただしく食べ終えて時計に目をやると昼になるところだった。次の列車までは1時間ほどなので駅に戻ることにした。

店を出ると観光客が大勢歩いていて、この辺りを中心に朝倉義景館跡までが主要施設らしく賑わいがある。車で訪れる人がほとんどなので、駅に向かって歩いていると徐々に人気はなくなり、最後は私1人の世界に変わっていく。

小さな集落の中に「瓜割清水うりわりしょうず」という不思議な名前の湧水があり、名前も然ることながら、あまりの暑さに喉が渇くこともあって立ち寄ってみた。案内板によると朝倉氏の時代から枯れることなく滾々と湧いており、今でも生活用水に使われているそうだ。

近くまで行ってみると長靴を履けば歩き回れそうな浅い池があり、まるで水を張ったばかりの田んぼのような姿だ。中ほどに立派なお堂が鎮座しており、歴史ある大切な清水であることを伺わせる。池からは静々とあふれるように水が流れ出しており、じっと底に目をやると砂が動いているのが見える。手を入れると冷たくて気持ち良かったが、湧き出した直後の水を飲むのは難しく喉を潤すことはできなかった。

瓜割清水 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
瓜割清水

清水の周りにも庭園跡などあるようだが、寄り道ばかりでいよいよ時間が危なくなってきたので、足早に谷を下り足羽川の堤防までやってきた。さすがに一乗谷川に比べるとはるかに川幅は広く水量も豊富だ。台風の影響で茶色く濁った水が轟々と怖いような勢いで流れていた。

すぐ目の前には復原町並で共通券を購入した「一乗谷朝倉氏遺跡資料館」があるのだが、時刻を確認すると次の列車まで30分しかない。時間的に厳しすぎるので諦めて駅に行こうか迷ったが思い切って資料館に向かった。それは資料館を見たいというより、せっかく買ったのに勿体無いの気持ちによるところが大きい。

誰もいないだろうと入館すると2〜3人の先客があった。車移動ばかりで歩く人がいないから出会わないだけで、それなりに訪れる人はあるらしい。展示室には一乗谷遺跡から出土した品々や資料が所狭しと並ぶが、眺めるのが精一杯でとても解説文を読んでいる暇はなく、時計を気にしつつ駆け足に周った。列車の30分遅れが悔やまれるところである。

一乗谷朝倉氏遺跡資料館 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
一乗谷朝倉氏遺跡資料館

慌ただしく資料館を出ると汗を滲ませつつ、およそ半日ぶりとなる駅に戻ってきた。駅には特に変化はないが、ホームから見える西山光照寺跡の駐車場には、さらに車が増えて30台くらい停まっていた。それでも寺院跡に人気はなく謎の車たちである。

程なくしてやってきた列車は九頭竜湖行きの727Dだ。車内はかなりの混雑で約20人の乗客といったところ。前回の経験から日中の越美北線が座れないほど混雑するのは想定内であり驚くことではない。そのまま最前部に立って景色を眺めたり、小銭がなかったので両替機で両替をしたりでやり過ごした。

九頭竜湖行き 727D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
九頭竜湖行き 727D

車窓には緑あふれる山並みと茶色く濁った足羽川が広がる。蛇行する足羽川両岸には山が迫りすっかり平地は姿を消した。列車は行き場を求めるように鉄橋を渡りつつ進んでいく。この辺りは2004年の水害で鉄橋が流出して長期不通になった区間だ。

越前高田えちぜんたかだ

  • 所在地 福井県福井市高田町
  • 開業 昭和39年5月20日
完乗状況の路線図
越前高田駅 ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
越前高田駅 ホーム

山裾の集落に接するホーム一面の小さな駅で、周囲には住宅や畑が点在する穏やかな景色が広がる。ここでは高校生からお年寄りまで私を含めて4人も降りた。近隣住民らしく立ち止まることもなく消えていき、列車が去ったホームには私とセミの鳴き声だけが残された。

待合所に入ると締め切られていた室内は熱気がこもり暑い。そこに芳香剤の香りが充満したこの感じ、炎天下に止めておいた車に入った直後を思い起こさせる。真夏だというのに締め切られているのは昨日の台風のせいだろうか。窓を開けて換気しておく。

奥行きのある室内には座面も背面も直線的なベンチがあり、片隅には清掃道具や過剰ともいえる大きなゴミ箱がある。先日訪れた足羽駅で見た光景そのままだ。ベンチには手作りだろうかカラフルな座布団がいくつも並び、清掃も行き届いているので居心地が良い。この辺りの無人駅は何れもきれいに管理されていて好印象が残る。

越前高田駅 待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
越前高田駅 待合所

ホームはレールを再利用した支柱の上にコンクリートを敷いた構造で、待合所と同じく足羽にそっくり。開業が昭和39年と同じなので設計も同じなのだろう。昭和35年に越美北線が開業した時からある駅同士もまたそっくりなので、作りを見れば開業年も分かりそうだ。

それにしても路線の開業からわずか4年後に複数の駅が追加された訳で、どういう経緯でそうなったのか気になる。最初から設置しておけばよかったのにと思ってしまう。

駅名板は待合所を挟んだホーム両端にあるのだが、なぜか片方だけ今では珍しい国鉄様式のものが残されていた。所在地に今では福井市となっている足羽郡美山町の名前が読み取れる。立っているのは出入口と反対側の乗降客が訪れることもなさそうな場所で、すっかりボロボロになったその姿は、残っているというより放置されているという方がしっくりくる。

今も残る国鉄様式の駅名板 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
今も残る国鉄様式の駅名板

越前大野よりのホーム端に設けられた階段から道路に降りると、近くを流れる沢から涼し気ないい音が響いてくる。意外にも駐輪場があり錆の目立つ鉄骨にトタン張りという味のある建物だ。一乗谷のそれに比べると小規模で10台くらいしか並べられなさそう。この駅の利用者数を物語っているようでもある。

鳴瀧

どこに向かうかだが駅前に案内板の類はない。元よりあるとも思っていないので慌てず騒がず地図を開いて考える。ここは足羽川が作り出した小さな盆地の最下流部に位置しており、上流側は大きく開けている一方で、下流側は山が迫る険しい地形だ。そんな下流側にある鳴瀧という滝が気になり、まずはここを目指すことにした。

下流側へと向けて昭和を感じさせる集落を抜けていく。ゆるやかに右へ左へと曲がる狭い道路沿いには住宅や畑が並ぶが、飲食店どころか自販機の1台すら見当たらず、一乗谷で食べてきたのは正解だったようだ。

駅周辺に広がる景色 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
駅周辺に広がる景色

集落の外れには冬季通行止めの標識が立つ踏切があり、この先に人家がない上に除雪も難しいような場所であることを想像させる。足を進めると思った通り人家はパタリと途絶え、道路も木立に囲まれた薄暗い林道のような姿に変わっていく。道を間違えたのではないかと不安になるようなところだ。ただ中部北陸自然歩道の標識が立っているので、間違いのない道ではあるようだ。

越美北線はすぐに鉄橋で対岸へ渡ってしまい、道路だけとなった足羽川へと落ち込む斜面上を進む。左手には木々の隙間から川面が見え、右手には植林された山が広がる。

見た感じは木立に囲まれて涼しげな道路だが半端なく暑い。密集する木々や雑草に阻まれ風が通らないくせに、太陽は真上にあるので遠慮なく日が差し込んでくるのだ。つい先ほどまで木陰で湿っていたらしき地表からは、蒸し蒸しとした熱気が上がってきてたまらない。全身から汗がしたたり、うだるような暑さとはこういう事を言うのだろう。

鳴瀧に向かう道路 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳴瀧に向かう道路

途中には寺院だろうか荒れ果てた建物があったくらいで、後はひたすら足羽川のごう音と緑の中を黙々と進んでいく。すると突如として水浴びでもしているようなザバザバと心地よい水音と共に、冷蔵庫を開けた時のようなヒンヤリした風が吹き付けてきた。見ればすぐ右手には想像以上に大きな滝があり、傍らには鳥居と小さな祠が祀られている。

滝壺に落ちた水はそのまま細かな水しぶきとなり、滝の流れによって引き起こされた風に乗って道路の方にまでやってくる。真夏だというのに肌寒さを感じるくらいの冷気で、何という気持ちよさだろうか。温まっていた体が芯から冷やされていくのを感じる。霧のように細かな水しぶきは、木々の間から差し込む光でキラキラと輝いていた。

しばらく立ちすくむように眺めてから、鳥居をくぐって滝の脇に設けられた階段を上がり、祠に参拝を済ませると、名残惜しいが駅に引き返した。

鳴滝 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳴滝

帰途はまたあの異常に蒸し暑い場所を通り抜けるので、せっかく冷やされた体からは再び汗が吹き出してきた。道端にいい水が流れ出している所がありペットボトルに詰めてみるが、中をよく見ると結構土砂が混じっていて捨ててしまう。台風の影響だろうけど山水ですら濁り気味でよろしくない。

ようやく集落まで戻ってきたが次の列車まで1時間以上もあった。何か面白いものでもないかと、その足で上流側に向かうが、これがまあ見渡す限り農地が広がり何もなかった。下流側とは対照的に開けているので風はあるが、それを打ち消して余りあるほど日差しは強く、ただひたすらに暑いばかりだ。ここから6キロばかり歩いて山を越えれば永平寺にたどり着くらしいが、そこまでやる時間も気力も体力もない。

駅の上流側には農地が広がる (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
駅の上流側には農地が広がる

喉が渇くので冷たい水でも湧き出していないかと山沿いまで行ってみるも、水の1滴すらありゃしない。天気予報では曇りという話だったので帽子を置いてきたこともあり、このまま歩き周っていると熱中症になりかねない危険性を感じる。とりあえず見つけた自販機で飲み物を手に入れると駅に引き返した。

待合所は窓を開け放てばそれなりに風も通って涼しい。まだまだ暑いがひぐらしの鳴き声が目立つようになり、夕方が近くなってきている事を感じさせた。ホーム裏手にある畑では農作業をする老人、線路沿いでは草刈りをするおばちゃん、この目まいがするような暑さの中で皆さん元気がいい。

越前大野行き 729D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
越前大野行き 729D

やってきた列車はまたまた混んでいたので立っていく。車窓には田んぼが広がり福井平野に逆戻りしたかのようだ。その中を気ままに蛇行して流れる足羽川を渡るともう市波だった。

市波いちなみ

  • 所在地 福井県福井市市波町
  • 開業 昭和35年12月15日
完乗状況の路線図
市波駅 ホーム(奥の山裾が越前高田) (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
市波駅 ホーム(奥の山裾が越前高田)

下車したのは私だけだったが入れ替わりに高校生くらいの子が乗車した。周辺は田んぼと民家の点在する開けた場所で、どこにでもありそうなローカル線の小駅といった趣だ。青空と緑に囲まれセミの鳴き声の響く夏らしい雰囲気が漂っていた。

海とはまったく関係なさそうな駅だが駅名に波が付く。今では廃止されたが能登半島の海沿いを走っていた能登線には、沖波・前波・矢波など波の付く駅がたくさんあり、ここと似た簡素な作りの駅もたくさんあったのでどこか懐かしく感じる。

当然のように駅舎はなくホームが1面と待合所があるだけの駅だ。作りは越前花堂・六条・一乗谷にそっくりで、ひと目で昭和35年に開設された駅だと分かる。あまりに同じすぎて特に興味を引くものはなく早々と後にした。違いといえば座布団があることくらいのものである。

市波駅 待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
市波駅 待合所

駅前には広々とした空き地があり周囲には桜の木が並ぶ。切り株も目立ちかつてはさらに多くの桜の木があった事が想像される。ホーム1面の駅にしてはやたら広い敷地で、一部にはコミュニティセンターのような建物が建っていた。戦前の着工時には駅舎や交換設備でも設けるつもりだったのだろうか? そんなことを考えてしまう広さと形だった。

駐輪場は先ほどの越前高田のそれに比べると2倍かそれ以上はありそうな規模だ。各駅の駐輪場を比較すると設置当時の利用者数が何となく見えてくる。ただ一部は机や梯子などが詰め込まれて物置と化しており、利用者が減っていることも何となく見えてくる。

広い市波駅前と駐輪場 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
広い市波駅前と駐輪場

駅前をぶらついていると、どこからともなくお年寄りが1人また1人と現れ、待合所に消えていく。時刻を確認するとまもなく福井行きの列車がやってくるようだ。ローカル線の小駅では利用者が誰もいない光景に慣れきっているので少し意外にすら見える。思えばこの越美北線で乗車と降車のどちらも私だけだった駅は、今のところ六条だけだ。

周辺散策

例によってここにも案内板の類はなく地図を頼ることになるのだが、困ったことに地図を見てもこれといった所がない。仕方がないので勘だけを頼りに適当に歩くことにした。

駅前周辺を歩いてみるとここは思ったより大きな集落だった。住宅が建ち並ぶ中には久しぶりに見かける商店や、以前は何らかの商店だったと思われる構えをした建物も点在する。ただ人気がほとんど感じられないのはどこも共通するところで、国道の方も近くにバイパスがあるためか交通量は少なく静かなものであった。

市波駅近くを通る国道 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
市波駅近くを通る国道

駅前の道路を真っ直ぐ山裾までやってきたところには寺院があった。正確には小高い山の上にある寺院に向けての石段があったというべきか。麓からはざっと50段くらいの石段が山門へと向けて伸びているのだ。その石段は表面がすっかり苔に覆われ、大きな杉木立の中を真っ直ぐに伸びる。その姿は実に美しく印象的だった。

石段の上り口にはなぜだか大量の丸太が転がり通行止めさながらの状態である。不審に思っていると石段の中ほどで丸太を切り出しているのに気がつく。その運び方ときたら豪快なもので、丸太を投げ捨てるように石段の上から下へ向けて放り投げるのだ。結果として下は丸太の山という訳だ。いきなり投げないでよと思いつつ足早に山門に向かった。

苔に覆われた石段 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
苔に覆われた石段

山門まで上がってきてようやく寺の名前が本向寺であることを知る。大きな本堂をしばらく見上げてから境内を一周りする。本堂のすぐ脇にはしっかりした道路が通っていて、どうりで通る人のいない石段は苔むしている訳である。人の往来がなくなればあんなに苔むしてしまうのだ。

道路はさらに寺の上の方に続いているので何があるかなと上がっていくが、こちらは墓地になっていたのでそのまま引き返して山を降りた。駅前周辺はひと通り歩いたので、次は駅の裏手を流れる足羽川やその対岸にまで足を伸ばしてみた。相変わらず茶色く濁った足羽川を渡る橋の上からは、水害から復旧したからだろう越美北線の立派なトラス橋が見えた。

駅裏手を流れる足羽川 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
駅裏手を流れる足羽川

だらだら歩いて足羽川対岸までやってきたが、こちらは農地と小さな集落があるだけで特に何があるわけではなかった。自家用らしき小さな畑で作業をする老人を1人見かけただけと静かなもので、結局何も収穫はないままに駅に戻ってきた。

美山森林温泉

何か面白いものはないかと、暑さと喉の渇きに耐えつつ右往左往していると「美山森林温泉 60m先」という魅力的な標識を発見した。あとは宿に帰るだけだし旅を温泉で締めくくるのは悪くない。何より目と鼻の先にあるのだから行くしかないというものだ。

看板に従い進むと何の事はない、先ほど寺院に向かって歩いた道が入口だった。しかし温泉なんてあったかなと頭をかしげつつ先を急ぐ。やっぱりどこにもないが相変わらず標識は出ているので、60mどころではないだろうと内心思いつつも足を進めた。

いつの間にか集落は通り抜けてしまいどんどん山深くなっていく。行けども行けども山の中という緑に囲まれた坂道を上がっていく。いまさら戻るのも悔しいので半ばヤケクソである。

美山森林温泉への道 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
美山森林温泉への道

20分くらい歩いただろうか? ようやく目的の美山森林温泉が見えてきた。みらくる亭というこの山間の雰囲気とは似合わないような名前の施設で、外観は何の変哲もないスーパー銭湯かと思うような建物だ。ここは日帰り温泉だけでなく食事や宿泊もでき、駐車場には車が何台も止まり賑わっていた。

建物内から何やら大声が聞こえてきて喧嘩でもしてるのかと思いきや、内容を聞いていると大学生くらいが騒いでいるようだ。フロントで日帰り入浴を頼むと510円と割りとお手頃。学生の団体が来ていて騒がしいかもしれませんがと断りを入れられた。言われるまでもなく既によく分かっております。

エレベーターで3階に上がってくださいというので、はて上が浴場なのかと言われるままに向かう。すると驚いたことに3階から建物背後にある山の斜面上へと通路が伸びていた。山中には宿泊用の建物や浴場が点在しており、それぞれが斜面上を這うように伸びた階段や廊下で結ばれる。木材をふんだんに使った温かみのある作りで、まるで山の中を歩いているような気分にさせる面白い構造だ。外観とは打って変わって森林温泉の面目躍如である。

美山森林温泉 みらくる亭 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
美山森林温泉 みらくる亭

問題の浴場には幸いにして大学生の姿はなく、私の他にはおっちゃんが2人だけと静かなものであった。あの学生集団がここでも大騒ぎしてたらかなわんと思っていたので、これには少しホッとした。ただ帰りの列車まで1時間を切っているので気が気でなく、ゆっくり浸かる暇もなくカラスの行水で上がることになってしまった。

とはいえ体のねっとりした感じはなくなり、流れる汗も心なしかサラッとしており気分は上々だ。先ほどは一体いつ到着するのかとテンション低めで上がった坂道も、ひぐらしの鳴き声をBGMにして意気揚々と下っていく。ようやく暑さも収まってきて過ごしやすくなってきた。

そして今頃になってハッと気がついた、あの60mという標識は目的地までの距離ではなく、温泉へと通じる道路の入り口までの距離だったということに。

エピローグ

完乗状況の路線図

駅にやってくると待合所では中年男性が1人読書をしながら列車を待っていた。それから10分ほどで福井行きの列車が現れた。温泉にゆっくり浸かりたかったと後ろ髪を引かれる気持ちもあるが、この列車を逃すと次は20時近くまでないことを考えると、仕方がないというか割りと良い判断で帰ってきたなと思う。

福井行き 732D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
福井行き 732D

福井に帰るにはちょうどいい時間帯でありながら1両だけという車内は混雑していた。今度は長時間になるので立っているのは御免だと何とか空席を探して収まる。疲れもあってか帰途の車窓や車内の様子などはまったく記憶になく、気がつけば福井に到着していた。

(2017/08/09)