越美北線 全線全駅完乗の旅 3日目(市波〜越前薬師)

旅の地図。

目次

プロローグ

路線図(プロローグ)。

2017年8月10日、木曜日、今日もまた午前6時の福井駅にやってきた。越美北線の旅も3日目となると慣れたもので、迷うことなく券売機に向かい最初の目的地、小和清水こわしょうずまでの乗車券を購入、そのまま流れるように改札を抜けた。

広い構内の片隅にある越美北線ホームまでやってくると、時を同じくして越美北線の小さな単行列車が入ってきた。前回は台風明けの徐行運転による影響で長く待たされたが、今日は定刻通りのようだ。素早く定位置のボックス席に収まると発車の時を待つ。

普通列車の越前大野行き 723D。
普通 越前大野行き 723D

6時30分、福井駅を抜けだすとすぐに、越美北線の旅ではすっかりお馴染みとなった足羽川あすわがわを渡る。豪雨をもたらした台風が通過してもう3日目だというのに未だに川は濁っていた。

乗客は6〜7人で、見覚えのある顔ぶれに何だか通勤している気分になる。早朝にどこに行くのか、ひと駅目の越前花堂から各駅ごとに1人また1人と降りていき、最初から空席の目立っていた車内はいよいよ空気を運んでいるような状態になってきた。

一乗谷付近で増水した足羽川を渡る。
増水した足羽川を渡る

車窓には広々とした福井平野から、山間を縫うように走る一乗谷、そして穏やかな田園の広がる市波と、変化のある自然風景が展開されていく。ありふれた田舎の景色といえばそうなのだがそれがいい。日中の列車はどれも混雑していて車窓どころではないので、空いてる始発列車に乗る最大の楽しみともいえる。

小和清水こわしょうず

  • 所在地 福井県福井市小和清水町
  • 開業 1960年(昭和35年)12月15日
  • ホーム 1面1線
路線図(小和清水)。
小和清水駅ホーム。
小和清水駅ホーム

大きく曲がる足羽川の内側にできた平地で、線路を境界のようにして川側には田畑が広がり、山側には住宅の密集する小さな集落がある。足羽川を挟んだ対岸にもまた同じような佇まいの集落がある。駅前には国道が横切っているが、バイパスがあるため交通量は少なく、キリギリスの鳴き声ばかりが目立つ静かな所である。

福井から揺られること約30分、山間の小さなホームに降り立った。朝っぱらから訪れる人などなさそうな景色だが、他にも降りる人がいて驚かされる。ここにどんな用事があるのか、すぐにどこかへ消えていった。

ホームや待合所は越美北線では共通ともいえる作りで、特に印象に残るようなものは見当たらない。作りだけでなく室内の備品や芳香剤の香りに至るまでほぼ同じ。写真を並べれば間違い探しができそうなほど似ている。

小和清水駅の待合所。
待合所

駅前に出ると人の背丈ほどもある大きな石碑がある。細かい文字がびっしり刻んであるが全然読めない。添えてある説明板に頼ると、耕地整理事業の完成記念に明治34年に作られた石碑とのこと。石碑の脇に鉄道が通ったような形だが元々は別な場所にあり、ふれあい会館の建設を機にここに移されたそうである。

周囲には20台くらい止められそうな広い駐車場がある一方で、大半の駅で目にしてきた駐輪場は見当たらない。もっとも車も自転車も1台もなく閑散としている。隣接する新しい建物には石碑の説明板で目にした小和清水ふれあい会館と記されていた。

気になるのがホーム出入口に接して雑草に埋もれた鉄道用地があることで、まるで駅舎でもあったかと思うような形と大きさだ。六条駅前にもこれとよく似た空き地があったことを思い出す。中央部を空ける形で枕木が並べてあり、花壇にでも利用していたのだろうか。

ホーム脇の空き地。
ホーム脇の空き地

国道脇には京福バスの小和清水バス停があった。佇まいがとても良くて、暖かみのある木造の待合所と、枕木を再利用した柵に囲まれた桜の老木が並んでいる。近くまできたついでに時刻表に目をやると、1時間に1往復くらいの間隔で走っており、越美北線よりずっと本数が多くて使いやすそうに見えた。

そこにゴミ袋を片手に自転車に乗った、気の良さそうな初老男性が現れた。駅前にゴミ置き場があるのだ。年齢的に駅のことに詳しそうなので、ホーム脇の空き地について尋ねると、昔から空き地になっていて特に利用されていた訳ではないそう。かつては駅前全体が国鉄用地で、民営化されたころ払い下げるというので町が買い上げたが、あの区画だけは売却されなかったので、ああして残っているという話だった。

また国鉄用地だったころは桜の木がたくさん植えられていたが、駐車場に加えてふれあい会館の建設でほとんどが失われたという。バス停にある1本はその生き残りなのかもしれない。

駅前のバス停と桜の木。
駅前のバス停と桜の木

ついでに周辺の見どころを尋ねると途端に考え込んでしまい、最近は清水しょうずも出なくなったしなあと独り言のような呟く。地名が示すように小和清水という湧水があったのだろうか。しばらく考えてくれたが何もないという結論で、このまま国道を歩いて美山に行ったほうがいいよと勧めながら、自転車で去っていった。

小和清水こわしょうず獺ケ口うそがぐち

ないものは仕方がないので適当に歩いてみることにして、まずは駅前から広がる小和清水の集落に向かう。何もないという言葉の通り、昔は何かの商店だったらしき佇まいの家が何軒か見られた他は、特に興味を惹かれる物件すらなかった。小さな集落なのであっという間に通り抜けてしまい、周囲を山に囲まれたところで引き返す。

小和清水の集落。
小和清水の家並み

山すそに拝殿らしき建物が見えたので、向かってみると越美北線沿線でよく見かける白山神社があった。小さな神社なのだが随分立派な石造りの鳥居が立ち、どっしりした太い柱に、跳ね上がるような大きな反りを持つ笠木が載っている。その傍らにある手水舎もまた重厚な造りだった。奥に目をやると小さな鳥居と大きなイチョウの木が並び、その背後に趣ある拝殿が鎮座していた。

境内は緑あふれる落ち着いた空間で、片隅に砲弾が置いてあるのが印象的だ。かつては至る所にあったという話を聞いたことがあるが、最近では少々珍しいのではないだろうか。

手水舎に向かうと水はすっかり枯れていて用をなさないので、そのままイチョウの葉や銀杏が転がる参道を通り抜けて参拝。遠くから見ては静々とした雰囲気の神社だったが、いざ歩いてみるとセミが実に賑やかだった。

白山神社と境内の砲弾。
白山神社と境内の砲弾

小和清水の集落をひと通り歩いたところで、次は足羽川の対岸に見えるもう一つの集落に足を伸ばす。途中で越美北線を横切ると線路は一面緑に覆われ、レール表面が銀色に輝いているので辛うじて廃線ではないと分かるような状態だった。

岩屋橋という橋で足羽川を渡りつつ川面を見下ろすと、昨日よりは改善したとはいえ相変わらず濁った水が流れている。清流らしいのだが私の見た足羽川は常に濁っていて、とてもそうは思えない。上流には越美北線の鉄橋が見え、2004年の水害で開業当時からの古い鉄橋が流出して架け替えられたため、ローカル線らしからぬ新しいトラス橋だった。

足羽川と越美北線の鉄橋。
足羽川と越美北線の鉄橋

やってきたのは獺ケ口うそがぐちという難読な集落だった。足羽川沿いから支流の芦見川あしみがわをさかのぼるように形成されていて、芦見川を挟んだ両岸に住宅が肩を寄せあっている。見たところ小和清水と同じくらいの軒数があるように思えた。

まずはメインストリートと思われる道路で谷をさかのぼっていく。大きな谷だけに奥地にもそれなりに人家があるらしく頻繁に車が行き交う。芦見川には豊富な水が勢い良く流れ、涼しげとも騒々しいとも言える水音を立てている。こちらも普段は清流なのだろうが濁っていた。

このまま進むとどこに出るのか地図を開くと、山を越えて九頭竜川の流れる勝山市に出られるようだ。ちょうど山を降りた所には、えちぜん鉄道が走っていて乗り継ぐことができそうだが、軽く20kmくらいある。

芦見川が中央を通る獺ケ口町。
芦見川が中央を通る獺ケ口町

気温は高くなる一方でじっとり汗ばむ嫌な蒸し暑さだ。天気予報によると曇で雨まで降るような話だったが、そんな気配は全くなく青空まで顔を出しはじめた。護岸には所々階段が設けられているので、試しに水面近くまで降りてみると、沢を下ってきた冷風が気持ち良い。涼しいを通り越して寒いほどの冷風である。

集落はすぐに通り抜けてしまい、芦見川沿いを上流に向けて宛もなく進んでいく。右も左も山ばかりで森林浴には良さそうだが、行けども行けどもこの調子ではキリがない。結局収穫はないまま程々のところで引き返す。

狭く曲がりくねった歴史のありそうな通りに沿って、百年くらい経過してそうな古びた建物や自家用の小さな畑があり、山すそには小和清水では目にしなかった寺まである。観光とは無縁の生活感あふれる景色だが、こういう所をぶらぶら歩くのは楽しい。

芦見川右岸の獺ケ口町内。
芦見川右岸の獺ケ口町内

足羽川両岸の集落を歩いたところで駅に戻ってきた。時刻表を確認すると次の列車まではまだ1時間もある。見どころの多い所では時間がいくらあっても足りないが、こういう山間の小駅では手持ち無沙汰になりがちだ。

前田又兵衛

ぼんやりと駅から周囲を眺めていると、駅前を横切る国道に接した山すそに、庭木のようなものが並ぶ庭園のようなものがあることに気がついた。趣味で作った庭でもあるのか、暇つぶしもかねて行ってみると、大きな石碑のようなものが2つ立っていた。地元名士の墓か忠魂碑かと思いきや、「前田又兵衛翁頌徳碑」と刻まれていた。

前田又兵衛とは準大手ゼネコンに数えられる前田建設工業の創業者であり、頌徳碑しょうとくひとは徳を褒めたたえる碑のことである。なぜここにあるかといえば小和清水の出身なのであった。

前田又兵衛翁頌徳碑。
前田又兵衛翁頌徳碑

駅前のバス停には時々中高年がやってきてバスに乗っていくのを見かける。向こうの方が運行本数も停留所も多くて便利なのだろう。しかも所要時間でも大差ないときたもので越美北線が勝るのは運賃の安さくらいのもの。列車本数の少なさは国鉄時代から変わらないようで、司馬遼太郎が「街道をゆく」のなかで「よほど閑散とした赤字線らしく、車輌が通っているのをついぞ見かけなかった。」と記していた。

ようやくやってきた九頭竜湖行きは2両編成でやってきた。これは午前中に2本しかない貴重な下り列車である。乗客は各車両に10人くらいで席はあちこち空いていたので、ロングシートにゆったりと腰掛けていく。

普通列車の九頭竜湖行き 725D。
普通 九頭竜湖行き 725D

車窓には見なれた足羽川に加えて越美北線で初となるトンネルが現れた。少しずつ少しずつ山が深くなっているのを感じる。トンネルを抜けると堤防道路ならぬ堤防線路とでもいった感じの、見晴らしの良い足羽川沿いの築堤上を通り、美山の町に入っていく。

美山みやま

  • 所在地 福井県福井市境寺町
  • 開業 1960年(昭和35年)12月15日
  • ホーム 1面2線
路線図(美山)。
美山駅舎。
美山駅舎

越美北線では初めて現れた交換可能駅で、駅名が示すように越前高田から計石まで7つもの駅があった旧美山町でも中心的な駅だ。当然それなりに人の動きがあるだろうと考えたが、予想に反して乗降客は私だけだった。

対向列車もなく私を降ろした列車はすぐに去っていく。ひとり残されたホームは競い合うように鳴くセミや虫の音で賑やかだ。行政の中心地らしく駅裏手には鉄筋コンクリート造りの大きな建物がいくつも建ち並んでいた。

構内は島式ホームの1面2線で構内踏切を使って出入りする。その作りは同時開業で、かつては同じように交換可能駅だった越前東郷そっくりだ。そんな本線のすぐ脇には保線車両用なのか行き止まりの側線が1本あった。駅としては小さなものだが、それ以上に小さな駅ばかり見てきたので十分大きな駅に見えた。

美山駅ホーム。
美山駅ホーム

ホームから構内踏切を渡った先に駅舎はなく、そのまま大部分が駐車場と化している駅前に出てしまった。かつては越前東郷と同じようなブロック積みの簡素な駅舎が建ち、JR化後もしばらくは腕木式信号機や分岐器を手動で操作する懐かしい光景が見られたそうだが、それを偲ばせるものは何も残っていないようだ。

駅舎はないが代わりに美山観光ターミナルという木造建屋があり、杉材の産地として知られる美山らしく、壁面はよくある丸太のログハウス風ではなく杉板に覆われている。名称からして観光案内所にでもなっているのだろうと中を覗くと、予想に反して鉄道バス兼用の待合室があるのみ。大きなショーケースに地元特産品こそ並べられているが、パンフレットの一冊すらないのだから、名前負けともいえる施設である。

美山観光ターミナル待合室。
美山観光ターミナル待合室

駅前には国道が横切るが人の往来はまるでなく、バイパスがあるせいか車もたまに通り抜けていく程度となんだか寂しい。旧美山町の中心駅ということで歴史ある町並みを想像していたのだが、そういった住宅や商店はまるで見当たらない。この様子からすると元々は田畑の広がる土地で、鉄道開業後に行政や会社関係の建物が集まってきたのかもしれない。

福井豪雨ふくいごうう

美山では町歩きを楽しもうかと考えていたのに雲行きが怪しくなってきた。代わりの見どころを探そうにも案内板は見当たらず、観光ターミナルも名前の割に役に立たない。仕方がないので地図に尋ねてみるが何もないという。小和清水の駅前で出会った方に美山のおすすめを聞いておけばよかったと今にして思う。

とりあえず駅裏の建物群の方へ行ってみると、福井市の美山総合支所・図書館・消防署・森林組合などが建ち並び、行政的には中心地であることを実感する。そんな中にしれっと案内板があるのを見つけた。こういう物は駅前に設置してほしいものだ。これは助かったと思ったのも束の間、近場には見どころがなくて全然助かっていないのであった。

観光がだめなら食事にしよう、徒歩でもたどり着けそうな「ごっつおさん亭」なるそば道場を目指すことにした。昼飯には少し早い気もするが、この先の駅周辺には食事処もなさそうなので、ここで食べておくのが良さそうだ。

駅前を横切る国道。
駅前を横切る国道

寄り道しながらのんびり進んでいると、徐々に建物は姿を消し、代わって緑が周囲を彩りはじめた。左右からは少しずつ山が迫ってきて、足羽川・線路・国道が束なるようにして狭い谷間に向かっていく。駅周辺は開けていたが少し歩いただけで平地自体が消えてしまった。

元々なかった人の気配も本格的に消えてしまい、出会った人といえば軽快に走る男性とすれちがったくらいのもの。しばらくして戻ってきたと思ったら、あっという間に追い越して視界から消え去った。

前方では足羽川が大きく蛇行しているが、鉄道は付き合ってられないとばかりにトンネルに消えていく。先ほど通り抜けたあのトンネルだ。川の流れに忠実な道路は、曲がりくねりながら谷間に分け入っていく。足羽川と線路を見下ろせる所までくると、ちょうど越美北線の列車がことこと走り抜けていった。

足羽川沿いを走る越美北線。
足羽川沿いを走る越美北線

民家のひとつも見当たらなくなったところで目的のそば道場が見えてきた。近くにはどう見ても鉄道の橋脚だろうという代物が置いてあり、折れ曲がった橋桁やレールが載っている。何だこれはと近づいてみると「福井豪雨の記憶」というモニュメントだった。

福井豪雨は2004年7月18日に発生した大規模な豪雨災害だ。堤防決壊や土砂崩れなど甚大な被害をもたらし、越美北線も5つの橋梁が流出して全線復旧まで3年近くを要した。このモニュメントになっている橋脚は、その時に倒壊した第7足羽川橋梁の物だそうである。

案内板には当時の写真や経過などが詳しく載っていた。災害当日の越美北線は始発列車のみ運転されたそうだが、これを見るとその数時間後にはもう線路が崩壊している。短時間で被害が広がっていく様子に集中豪雨の恐ろしさを感じる。そば道場にも63人が取り残され自衛隊ヘリで救出されたという。

モニュメントとして残る越美北線の橋脚。
福井豪雨の記憶

そば道場には続々と他県ナンバーの車や観光バスがやってきており、まだ昼飯には早い時間だというのに予想外の盛況ぶりに面食らう。これほど繁盛するとはいくら美味くても、待たされるのは嫌だなと考えつつ入店。すると広い店内にお客の姿はなく、準備中ではないのかと思うほど閑散としていた。

それというのも食事処とそば打ち体験施設が同居しているためで、駐車場に並んだ車やバスでやってきた人たちは、ひとり残らずそば打ち体験の方に行っているのだ。そば打ちがこんなに人気があるということを初めて知った。一方こちらは滞在中ずっと空いていて、バスの運転手が食べにきたくらいであった。

ごっつおさん亭。
ごっつおさん亭

広い店内にはいくつものテーブル席とカウンター席があり、その中から窓際のテーブル席に腰を下ろした。よく効いた冷房で一気に汗が引いていく。空いているだけに中ほどにある調理場でそばを茹でる音や、テレビから流れる甲子園中継の実況がよく聞こえる。

メニューを見るとそばだけでなく、カレーライスやソースカツ丼まであるが、そば処に来てそれはないだろう。かといって定番のざるそばは一乗谷で食べたばかり。迷いつつもあっさりして美味そうに見えた山かけそばに決めた。注文を取りに来たおばさんに大盛りもありますがと言われ、反射的に大盛りで頼んでしまった。

出てきた山かけそばは浅めの器に入った飾り気のない姿をしていた。さすが大盛りだけあって麺がぎっしりで、普通盛りにしておくべきだったかとも思う。食べてみると細いそばに出汁の効いたつゆがよく絡まりこれは美味い。とろろも加わり実に喉越しが良く、するすると入っていく。この感じ何かに似てるなあと考えていて気がついた、素麺を食べた時のあの喉越しの良さなのだ。大盛りだったがあっという間の完食である。

山かけそば。
山かけそば

満足して食休みしているとそば湯が出てきた。まともなそば屋はこれがあるから嬉しい。風味を楽しみつつ温かいそば湯を口にすれば、冷えた胃袋に染み入るようなものを感じる。「濃くなりましたからもう一杯どうですか」と進められるままにおかわりを頂く。

店を出ると駅に向かう。せっかく冷房と冷たいそばで汗が引いたのに、歩きはじめた途端に汗が流れて喉も渇く。気温は27度とそれほど高くないが、湿度が高くてなんとも不快だ。

簸川神社ひかわじんじゃ

次の列車まで1時間以上もあり、ひと歩きできそうだがどうしたものか。どこに向かうべきかまるで宛がないので困ってしまう。とりあえず下流側は歩いてきたので、今度は上流側を歩いてみるも収穫はなく、ならばと最後は足羽川を渡り対岸に向かってみた。

駅近くを流れる足羽川。
駅近くを流れる足羽川

相変わらず濁りのある足羽川を見下ろしやってきた集落は、山と川に挟まれたわずかな土地に住宅が点在していた。広い平地のある駅側とは対照的だ。道端でおとなしそうな柴犬がじっとこちらを見つめていたので、かまってあげると喜んで絡んできた。

簸川神社という小さな神社があったが、真新しい石段が存在感を示していて近寄るのをためらう。石段というのは表面が苔むし、周囲に茂る木々の根に持ち上げられて傾いたくらいの姿が好きなのだ。などと考えつつも一応は近づいてみる。するとどうだろう石段は途中から歴史の染み込んだ姿に変わり、美しい杉木立に囲まれている。なかなかどうして悪くない雰囲気である。最上部にはそんな石段に似合うひなびた拝殿が佇んでいた。

簸川神社。
簸川神社

雨がこぼれはじめ濡れた路面から湿気を含んだ嫌な熱気が立ち上がりはじめた。先ほどまでの晴れ間はなんだったのかという空模様だ。まだ激しい降りではないが、どうなるか分からないので足早に駅に戻ると、すぐに雨は収まった。

やってきた列車は1両と短い上に30人くらい乗っていて混雑していた。後ろのドアから乗車するのは私だけだが、前側のドアから何人か降りる姿をちらりと目にする。

乗車しようと思うがドアをうまく開けられない。この車両は手動で折戸を押し開ける必要があるのだがスムーズに開かないのだ。仕方ないので半端に開いたところで、すき間から乗り込もうとすると勝手に閉じてきて乗れない。なんだこれはと思っていると、ドア付近に立っていた方が中から引き開けてくれて助かった。混雑も悪いばかりではない。

普通列車の九頭竜湖行き 727D。
普通 九頭竜湖行き 727D

出発するとすぐに長らく連れ添ってきた足羽川が離れていく。この先で足羽川に出会うことはなく、代わりに支流の羽生川がついてきた。深めの長靴があれば歩いて渡れそうなほどの細流で、それだけに谷は狭く両側には山が迫りはじめた。

越前薬師えちぜんやくし

  • 所在地 福井県福井市薬師町
  • 開業 1960年(昭和35年)12月15日
  • ホーム 1面1線
路線図(越前薬師)。
越前薬師駅ホーム。
越前薬師駅ホーム

美山からほんの2キロほどの場所だが、周辺は山また山に囲まれた自然豊かな場所で、ここまでの駅では最も山深く感じた。そんな見た目とは裏腹に国道が並行して走り、ひっきりなしに車が行き交うので意外と騒々しい。小さな集落の他は田んぼが点在する程度と、ほとんど利用者はなさそうな佇まいで、実際に乗降客は私だけだった。

駅はホームが1面と待合所があるだけの毎度おなじみの姿で、その作りも昭和35年開業の駅に共通したそれであり目新しいものは何もない。ただ作りは共通なのだがベンチの色はなぜだか茶色と緑の2種類があり、何を基準に選んでいるのか知らないがここは茶色の方だ。

そのベンチが少し問題で細かな木くずのようなゴミが散らばり、よく見ればアリが行列まで作っているのだ。越美北線の駅は何れもきれいに清掃されていたので、この座るのをためらうような状態は初めてだ。ほうきは置いてあるが座面の掃除道具はないので、利用者の少なさ故か座る人がないから汚れが積もっていく一方なのだろう。

越前薬師駅の待合所。
待合所

待合所のすぐ目の前には線路を横切る側溝があり、すぐ裏手の山から降りてきた冷たそうな水が静かに音を立てて流れていた。これを汲んで飲めないかと思うくらい蒸し暑く、また自販機の類は見当たらない所だ。

水といえば細い水道管のようなものがホーム上を這っていて、どこかに蛇口でもあるのかと目で追っていくと、ホーム出入口のスロープに始まり待合所の前で途切れていた。なんだこの意味不明な管はとよく観察すると、表面に細かな穴が規則正しく空いていた。冬場の融雪か凍結防止用といったところだろうか。でもなぜこの駅にだけあるのだろう。

ホームを降りた目の前には踏切があり、これが今では珍しくなった遮断器もなければ警報機すらない簡素な代物だ。踏切の向こうには林道らしき細い道路が山中に消えていっており、路面はすっかり草に覆われ滅多に利用されてなさそう。この先がどこに通じているのか気になるところである。

国道・羽生川・越前薬師駅が並ぶ。
国道・羽生川・駅が並ぶ

駅前には自家用らしき小さな畑があるくらいで何もないが、目の前を羽生川が流れ、対岸には国道が横切り、そのまた向こうに数軒の家が見える。橋の上から川面を覗き込むと先日の大雨の影響だろうか、川岸の草になぎ倒された痕跡があり若干濁った水が流れていた。

薬師集落

ここでの訪問先は駅裏の山中に消える怪しげな道路か対岸に見える集落の二択だ。となればまずは集落に行くのが王道というものだろう。山裾の緩やかな傾斜地にざっと十数軒の住宅が固まり、周辺には田んぼが点在している。ここまで訪れた越美北線の駅周辺ではどこよりも人口が少なそうに見えた。

集落内を貫く坂道を上がっていけば、沿道にはよく手入れされた生活感ある住宅が並ぶ。穏やかな良いところだと思ったのも束の間、廃屋と思しき崩れかけた家もあった。空き家を目にした途端に集落全体に寂れたというか、過疎化の進行というかそんな空気が漂いはじめるから不思議だ。全ての建物を何かしらの形で利用するのが活気を感じさせる秘訣である。

薬師集落の家並み。
薬師集落の家並み

最初に興味を惹かれたのは小さな木造鳥居で、建ててから数年が経過しましたという感じの新しいけど色あせた鳥居だった。扁額は文字が滲んでよく読み取れなかったが、参道脇の石柱には朝倉神社と刻まれていた。この辺りで朝倉とくれば一乗谷の朝倉氏を連想する。何の説明板もないので分からないけど何か関係があるのだろうか?

鳥居の後ろには山の中腹にある拝殿へと向けて石段が続く。こちらは随分と年季の入った適当な石積みで、両脇には大きな木や切り株が並んでいた。上がってみたいところだが出入口は見事に柵で閉ざされている。周辺の山には鉄条網まで張り巡らされ、鹿や猪対策だとは思うが、立入禁止にも見える物々しさに眺めるだけに留めておいた。

朝倉神社。
朝倉神社

上に上に奥に奥にと進んでいき最も奥まった場所の建物までやってくる。空き家のようだが蔵まである大きな古民家だ。そこまでならよくある光景なのだが、目を引くのが至る所にびっしりと文字の書かれた看板が掲げられていることで、それがまた読んでも何がなんだかサッパリ分からない。窓から見える室内は随分と荒れているし謎めいた雰囲気の漂う建物である。

小さな集落だけに上下左右どちらに進んでもすぐに抜けてしまう。あっという間に全体を見てしまい行くべき所がなくなってしまった。途中で中年男性に出会ったがこんな場所では話しかけづらいものがある。向こうも怪しげにこちらを見ていた。

よく分からない最奥の建物。
よく分からない最奥の建物

山裾にはまた別な神社があり、このような小さな集落内に2つも神社があるとは面白い。立ち寄ってみると見慣れた白山神社で何だかホッとする。小さな木造の鳥居と拝殿がちょこんと建っていた。境内にはすぐ脇の山から切り出した丸太がゴロゴロ転がり、それを運びに軽トラがやってきた。市波で立ち寄った寺を思い起こさせる光景である。

参拝を済ませると国道に戻ってきて、どこに行こうか考えつつ羽生川沿いの平地にある田んぼの中を歩いたりする。宛もなく右往左往と徘徊老人のように歩き回り、不審者だと通報されかねない怪しさだと自分でも思う。

薬師地区の田んぼ。
薬師地区の田んぼ

国道には薬師というバス停があり、その福井方面へのバス停には味のある待合所が設けられていた。どんなかといえば下半分がコンクリートで上半分が木製という、越美北線の待合所を連想させる飾り気のなさで、数十年は経過してそうなくたびれ感がたまらない。雪国ということもあってか出入口にはしっかり戸が付いていた。

それにしても大野方面にはなぜ待合所がないのだろう。不思議に思ったがバス停から少し離れた所に新しいログハウス風の建物がある。もしかしてこれが待合所だろうかと中を覗いて驚いた。壁一面にこの集落の案内図が描かれているのだ。地元の方が作成したらしき手作り感あふれるその絵に思わずほっこりした。こんな素晴らしい物があるのなら、駅の待合所にも設置して欲しいものだ。

バス待合所の案内板。
バス待合所の案内板

案内板には土地の方しか知らなさそうな面白いものが点在している。先ほどの2つの神社に加えて寺の跡もあるらしい。背後の山には岩観音様やお不動さんの滝といった、気になる文字も見受けられる。見ているだけで楽しくなってくる良い案内板だ。

滝とくれば是非見たいもの。早速地図にあった百戸田吾作の家とやらの脇から林道伝いに山に分け入っていく。ところが大雨の影響だろうか路面が川と化していて参った。何とか濡れないように足場を選びつつ先に進んでいくが、いよいよ長靴でも持ってこないと先に進むどころではなくなってきた。靴を浸水させる覚悟があれば行けないこともないが、そんな覚悟はないのですごすご引き返すのであった。

水浸しの林道。
水浸しの林道

集落の方は諦めて駅裏の林道に進んでみる。山すそを線路に並行するように続いていて、杉林に囲まれた薄暗い道だった。足元は一面に背丈の低い草が生い茂り、まるで緑の絨毯さながらである。この草が曲者で雨で濡れているものだから、かき分けるように歩くと靴が濡れて冷たくなってきた。これはかなわんと引き返す。

とうとう雨まで降りはじめたので駅の待合所で雨宿り。霧雨のような細かい雨が遠くの景色を白く染め、そんな中からひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。雰囲気としては良いが、待合所のベンチはアリがうごめき座れないし、国道には車が行き交いどうも落ち着かない。

小降りになったところで今度は上流側の散策に向かう。狭い谷間にある平地には田んぼが広がり、国道や山沿いに建物が点在、この辺りはどこを歩いても似た農村風景がつづく。特に新しい発見はないが景色を楽しみながら、ひと回りしてきた。

越前薬師駅の上流側(奥に待合所が見える)。
越前薬師駅の上流側(右奥に待合所が見える)

収穫が有ったような無いような越前薬師も時間切れとなった。まもなく上下2本の列車があるのでどちらかに乗ることにする。問題はどちらにするかで、15時と微妙な時間なので迷ったけど、急ぐ旅でもないので帰ることにした。

エピローグ

路線図(エピローグ)。

乗車するのは15時26分発の福井行きで、先ほど乗ってきた列車が九頭竜湖から折り返してきたものだった。車内も先ほど同様30人くらい乗ってそうな混雑ぶりだった。今度はひと駅で降りる訳ではないので、空いていると嬉しかったのだが仕方がない。

辛うじてボックス席の通路側に空席を見つけてそこに収まった。気のせいか窓側に座っている方は、今朝の小和清水で一緒に降りた方によく似ていた。

普通列車の福井行き 730D。
普通 福井行き 730D

景色を眺めるにも寝るにも向かない座席で、どこかで空いてこないかと思うがまるで人の動きがない。越前東郷あたりから少しずつ下車する人も出はじめたが、結局最後まで混雑したまま福井に到着。あの雨はなんだったのかと思うほどの青空が広がっていた。

(2017年8月10日)

コメント