因美線 全線全駅完乗の旅 2日目(津ノ井〜河原)

因美線の旅2日目 旅行記&乗車記の地図

目次

プロローグ

完乗状況の路線図

2018年1月5日、午前8時近くの鳥取駅にやってきた。昨夜は頻繁に目が覚めて、2時3時と時計を見てはまた寝る、というのを繰り返していたら逆に寝すぎてしまい、ホテルを出た時には7時半を回っていた。

昨日の雨を引きずってか空には暗い雲が垂れ込めているが雨は降っていない。路面はほんのり湿り気を帯びている程度なので昨夜は降らなかったらしい。駅に入ると通勤通学客でごった返していて、正月が終わり日常の姿に戻ったという感じがした。

鳥取駅北口 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取駅北口

ホームに向かうと既に乗車予定の智頭行き普通列車が入線していた。因美線だけを走る列車なのに智頭急行の車両なのが面白い。因美線では智頭急行だけでなく若桜鉄道の列車も乗り入れてくるから、どの会社の車両が現れるか楽しみなものがある。

発車まで時間があるせいか車内は空いていた。どちら側にしようか迷いつつ進行左側のボックス席を陣取った。前回は混雑と日没で景色どころではなく、ようやくゆっくり車窓を眺めることができそうだ。

落ち着いたところでホームに目をやると浜坂行き普通列車を待つ列ができていた。こちらにも徐々に乗客が増えてきて、各ボックス席に1〜2人くらい収まったところで発車となる。

智頭行き 631D (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
智頭行き 631D

すぐに到着した一駅目の津ノ井では、木造駅舎の改札口に駅員が立っているのが見えた。さらにこんなに乗っていたかと驚くほど大勢が降りていく。近くに高校や大学があるから通学需要が旺盛なのだろう。昨日訪れた時にはまるで人気がなく、どこかうら寂しい雰囲気が漂っていたのだが、今は別な駅かと思うほどに活気があった。

すっかり空席の目立つ車内となり津ノ井を発車。このあたりから鳥取平野が終わり徐々に山間に分け入っていく。線路も心なしか上り勾配がきつくなった気がする。そんな勾配をゆるゆる上がりきった所にあるのが東郡家駅だった。

東郡家ひがしこおげ

  • 所在地 鳥取県八頭郡八頭町堀越
  • 開業 昭和31年11月1日
完乗状況の路線図
1面1線の小さな駅 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
1面1線の小さな駅

両側から山の迫る谷間にある駅だった。乗降客は私だけで先ほどの津ノ井とはえらい違いである。線路や家々の屋根には薄っすらと雪が残り、薄暗さと相まって冬の朝らしい見ただけで寒くなるような景色だった。実際暖かな車内から降りると身が引き締まるような寒さで、手も冷たくなってきた。

構内はホームが1面あるだけで駅舎も交換設備も見当たらない、いかにも後から設置しましたという簡素な姿をしていた。ホームの前後はどちらを見ても下り勾配で、鳥取市と八頭町を隔てる小さな峠を上がりきった所だと分かる。平坦かつ集落に接しているという、駅を設置するならここしかないという場所である。

ホーム中ほどに木造の待合所があり、傍らには一本の桜が植えられていた。かつては両脇を飾っていたらしく反対側には切り株だけが残る。開いたままの引き戸から中をのぞくと、ベンチや清掃道具といった定番の品々に加え、雪国らしく融雪剤の入った箱や、除雪用と思しきスコップが置いてあった。

物品の並ぶ待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
物品の並ぶ待合所

駅を出るとそのまま鳥取と姫路を結ぶ国道29号線の歩道に出た。主要道だけあり車がひっきりなしに行き交う。そのため写真で見たら静かそうな駅だけど現実には騒々しい。一応駅前だけど正面には山が迫っていてバス停くらいしかなかった。

家々は駅裏ともいえる線路の向こう側に集中していて商店らしき建物も見える。しかし目の前にありながらホームと反対側のために、200mほど離れた踏切まで迂回しないとたどり着けないのが不便だ。ところが駅の郡家寄りに国道から線路脇に降りる階段があるのに気がつき、その先の線路上に目をやると雪のおかげで人々が往来した跡がはっきり残されていた。この状況ではやっぱりこういう事になるよなあと思った。

成田山清龍寺

ここでは近場にある成田山清龍寺に向かうことにした。距離的には歩いて20分くらいで到着できそうだ。まあ寄り道が常なので実際にはもっとかかるだろう。他には峰寺薬師堂というのもあるけど、両者の方向が逆なので時間的な事を考えて見送る。駅トイレの屋根上には姫路公園と書かれた大きな案内板が掲げられていて興味が湧いたけど、15kmという文字を見て一瞬にして興味を失った。

駅から郡家方向へと緩やかな坂道を下っていくと、すぐに視界が開けて農地が広がった。その奥に控える郡家の市街地までよく見える。犬の散歩をする子供たちや、自転車に乗った老人とすれ違いつつ進んでいく。

駅の郡家寄りには農地が広がる (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
駅の郡家寄りには農地が広がる

門尾という集落の入口には石灯籠と共に六地蔵が祀られていた。傍らには荒々しい表情をした大きな木が覆いかぶさるように立ち、この歴史の深そうなお地蔵様によく似合う。すぐ先には町指定文化財なる門尾三本松峠と書かれた標柱が立っていて、なぜこんな平地に峠なのかと思いきや、ここはかつての若桜街道が、鳥取城下に向けて越えた峠の入口なのだという。

六地蔵の背後には周辺にあったものを一箇所に集めた感じだろうか、多数の小さなお地蔵様や五輪塔がひしめく。何れも風化が進んで丸みを帯び、何とか輪郭でそれと分かるような姿をしていた。由来が気になるけど何も分からないし尋ねられそうな人もいない。

門尾集落の六地蔵 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
門尾集落の六地蔵

沿道には朽ちかけた土壁の廃屋から、立派な白壁や板塀のある大きな家まで様々な建物が現れてくる。昔は何かの商店だったらしい建物もあるけど、現実に営業している商店は見当たらない。どこの地方を歩いても似たような光景だ。

屋根を見ると大半が瓦屋根で、山陰地方は西に行けば行くほど赤茶色をした石州瓦が増えていくのだが、この辺りは赤茶色と黒色が混ざり合う。若干黒色の方が多いだろうか。

門尾を過ぎて下門尾という所までくると成田山清龍寺と書かれた、見逃しそうな小さな標識が家の壁に取り付けられていた。それに従い山裾の緩やかな傾斜地に広がる集落の中に入り込んでいく。軽自動車でもこすりそうな狭い路地のような道路が続き、両側には錆の目立つトタン壁や黒ずんだ板壁の家並みが続く。こういう所はたとえ用事がなくても入り込んで行きたくなる私好みの通りである。

門尾集落の家並み (Canon PowerShot G9 X)
門尾集落の家並み

集落の一番奥の辺りに成田山清龍寺と刻まれた石柱が見えてきた。そこから山の中腹にある伽藍に向けて、庭園のように手入れされた斜面上を階段が伸びる。手入れされた樹木や苔むした石垣、それに池まで配されていたが、季節柄か地味な色合いをしているため、サザンカの赤い花がひときわ鮮やかに映る。

踏み外したら転げ落ちそうな階段なので、庭に目をやりつつも足元にも気が抜けない。上がりきると小さな平場があり、本堂・鐘楼・庫裏などが身を寄せ合うようにひしめいていた。残された空間といえば通路がようやく通せるくらいしかない。この小さな空間に全てが揃っているという凝縮感が好ましい。

まずは参拝しようと真っ直ぐ本堂に向かうと脇から住職が現れ挨拶を交わす。朝のおつとめだろうか忙しそうに動き回っていて、気がつけば姿だけでなく気配までも消えていた。

成田山清龍寺 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
成田山清龍寺

説明板によるとこの寺は710年に行基によって開かれ、古くは花喜山浄光寺と呼ばれていたという。710年といえば平城京に都が置かれ奈良時代が始まった年だ。

戦国時代には秀吉の鳥取攻略時に兵火にかかり消失したが、辛くも持ち出さた3体の仏像が今も残り、明治に入ると成田山新勝寺より不動明王を勧請し、現在の成田山清龍寺を称するようになったという。また本堂には近くにあった白兎神社の社殿が移築されているそうで、なぜそういう事になったのか気になるけど経緯は書かれていなかった。

本堂のある平場からはさらに高台へと続く階段があり、何があるのだろうかと試しに上がっていくと、固く扉の閉ざされた宝物庫のような建物があった。どうやら例の消失を免れたという仏像が収められているようだ。

ここは見晴らしが良くて眼下には郡家の街並みが広がる。ガタンゴトンと列車の走る音に目を凝らすと、京都行きだろうか長い特急列車が走り去る姿が見えた。寺の背後にある山の方を見ると、山頂に風力発電の風車があり、朝もやの中でゆったりと回っていた。

清龍寺高台からの眺め (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
清龍寺高台からの眺め

駅まで戻ってくると先ほどは開いていたはずの待合所の戸が閉まっていた。中に誰か居るのだろうか、静々と近づいて内部に目をやると誰もいない。どうやら留守にしている間に利用者があったらしい。

次に乗車する若桜行きの普通列車は、行き先から何となく予想した通り若桜鉄道の車両でやってきた。乗降客はこれまた予想通り私だけだった。単行の小さなディーゼルカーだけど車内は空いていて、余裕でボックス席を専有できた。数少ない乗客の一人は旅行者らしく鳥取の名物駅弁、かに寿司を食べていた。

若桜行き 1333D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
若桜行き 1333D

駅を発車すると緩やかな下り坂を軽快に進んでいく。先ほど眺めた田んぼの中を通り抜けると郡家市街に入り、家並みをかき分けるようにして郡家駅に到着。

郡家こおげ

  • 所在地 鳥取県八頭郡八頭町郡家
  • 開業 大正8年12月20日
完乗状況の路線図
郡家駅舎 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
郡家駅舎

この駅は鳥取を出てから最初の特急停車駅で、因美線に所属する駅としてはもっとも利用者が多い。若桜鉄道の分岐駅ということもあり地方のローカル線にしては比較的大きな駅だ。

構内は駅舎側から島式ホームと片面ホームが並ぶ2面3線の構造で、駅舎とは構内踏切で結ばれていた。その中から到着したのは駅舎に近い1番線で、利用者の多い駅とはいえ元々乗客の少ない列車とあって降りる人は少ない。この列車は若桜鉄道に乗り入れるので、ホーム上ではJRと若桜鉄道の運転士が交代する姿が見えた。

大正時代から残ると思われる石積みのホーム上には鉄骨のどっしりした上屋と、木造で年季の入った見た目とは裏腹にエアコン完備の待合所があった。このあたりは雪国の特急停車駅らしい設備である。

1・2番線ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
1・2番線ホーム

この分だと3番線にある木造の待合所も似たような設備かなと行ってみると、こちらには暖房はなく冷え切っていた。さらに禁煙だというのにタバコ臭い。入っては見たけどあまりに居心地が悪くて早々と逃げ出した。そんなことをやって構内を歩き回っている間にも、帰省客だろうか特急を待つスーツケースを持った乗客が増えていく。

3番線から駅の裏手の方を見るとこちらにも線路があったらしき空間が残る。昔は島式ホームが2面あったという感じだろうか。今では大きな桜の木が並んでいた。

3番線から駅舎方向を眺める (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
3番線から駅舎方向を眺める

見るからに完成して間がないという新しい駅舎に入ると、木材を多用した暖かみのある内装が落ち着く。見た目だけでなく実際に暖房がよく効いていて暖かい。単なる有人駅というだけではなく、みどりの窓口やコンビニ、さらに観光案内所まで同居していた。ゆったりした休憩スペースもあるため、ここにも特急を待っているらしい荷物を抱えた人の姿があった。

駅舎内は大部分が天井まで吹き抜けの構造になっているが、線路側にだけ2階部分があり階段で上がれるようになっていた。試しに行ってみると駅構内から駅舎内まで眺められる展望スペースになっていた。なぜだか等身大の人形があちこちに置いてあり、こういうのを見ると徳島県にでも来たかのような気分にさせられる。

窓口と改札周辺 (Canon PowerShot G9 X)
窓口と改札周辺

駅を出るといかにも昔は賑わっていましたという感じの鄙びたアーケードが伸びていた。その下に並ぶ商店も何だか空き店舗が目立つ。駅舎が新しくきれいなだけに駅と商店街、どちらを中心に眺めてもどちらかが浮いて見える眺めだった。

白兎はくと神社

駅前には八頭町の観光案内板があるけど近場にはこれといった見どころはなさそう。古くからの街道沿いにある街だから歴史的なものがありそうだけどそうでもないらしい。数少ない見どころの中から先ほどの成田山清龍寺に社殿が移されたという白兎神社に向かうことにした。その辺の繋がりだろうか駅前には白兎の石像があった。

沿道には住宅だけでなく休業日なのか閉店しているのか、判断に困るような個人商店が点在する。八頭町の中心地ともいえる郡家の駅前を通る道路だというのに、途中すれ違ったのは年配男性の一人だけと、どんよりした曇り空と相まって活気が感じられない。

白兎神社への標識が所々に立っていて、白兎のイラストに英語やハングル表記まで入っていてなかなかと力が入っている。行ってきた帰りだろうか場違いな装いの若い女性たちともすれ違う。私都きさいち川という難読名の川を渡った先には田んぼが広がり、その中にぽつんと小さな神社が佇んでいた。どうやらあれが目的の白兎神社らしい。人も車も滅多に通らず川の流れる音だけが響く所だった。

私都川の脇に見える白兎神社 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
私都川の脇に見える白兎神社

近づいてみると石造りの鳥居と祠のような建物があり、その両脇にはこれらの構造物より古くからありそうな大木が立っていた。これだけなら何ということはないが、狛犬がうさぎの姿をしているのが面白い。いやこの場合は狛犬ではなく狛兎とでも言うのだろうか? 最近作られたばかりという新しさで、そこらかしこに立っていた標識といい、観光用に整備しましたという感を強く感じる。

隣接して何やら割れた石造りの扁額が飾ってあり、どういうことかと鳥居を見上げると何だか新しい。どうやら元々あったものが落下破損して取り替えたというところか。歩いていてこんな扁額が落ちてきたら痛いどころじゃ済まないだろうなあ。

説明板に目をやると大正3年に同じ郡家町にある賀茂神社に合祀し、社殿の方は成田山清龍寺に移築されたとある。わざわざ社殿を移築したのに簡単な作りながら再び建てられているのはなぜだろう。他の神社に合祀した神社の跡に参拝するのは何か意味があるのだろうか。色々と疑問が湧いてきてもやもやしてくるが、その答えは説明板には記されていない。

白兎神社の狛兎? (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
白兎神社の狛兎?

満足したようなしないような気分で駅に向かっていると、ママチャリに乗った地元のおばちゃんとすれ違った。何気なく行く先に目をやると白兎神社の前で自転車を降り、手を合わせてから何事もなかったかのように走り去っていく。単なる観光施設かと思いきや地元の方にも大事にされているようである。

時刻表を確認すると次の列車まで30分ほどある。正午になるところなので昼飯にするのが良さそうだ。何を食べようか駅のコンビニで何か買うのもありだけど、旅ならばやはり駅前食堂が望ましい。旅先で食べたいものは何かといえば、特定の食べ物ではなく駅前食堂で食べるご飯なら何でもだ。

これだけの街なら当然あるだろうと駅前を歩いてみるとありました。見るからに昔ながらの食堂といった佇まいをしている。見た目的に営業中なのか多少躊躇したけど、のれんは出ているし消えかかった文字ながら営業中とも書いてある。そろりと戸を開けると無事営業中で、いくつかの座敷とカウンター席がある小さな食堂だった。

郡家の駅前食堂 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
郡家の駅前食堂

昼だというのに客は座敷部分にばあちゃんが一人座っているだけど空いていた。するとこのばあちゃん、おもむろに立ち上がると調理場に移動していった。

話のしやすいカウンター席に陣取ると午後に備えて高カロリーなカツ丼を注文した。目の前で揚げてサクッサクッとカツを切る音がたまらない。出てきたカツ丼は自宅で作ったかの如く飾り気のない姿をしていて、駅前食堂というのはこういうのが良く似合う。この雰囲気で小洒落たのが出てきたら逆に違和感がある。

カツ丼を頬張りつつ町の見どころを尋ねると「何もないねぇ」と頭をもたげる。しばらく考えてくれるが結論としては何もないということだった。この質問を地元の方にすると大抵の場合、それまで賑やかに話していても言葉が止まるから面白い。ちなみに見どころはないけど自民党の石破さんが郡家出身だそうで、ある種それが一番有名なことらしい。

昼食のカツ丼 (Canon PowerShot G9 X)
昼食のカツ丼

デザートに地元で取れたという梨を剥いてくれたり、コーヒーを入れてくれたりと安いのに至れり尽くせりである。テレビからは渋谷のスクランブル交差点や明治神宮の様子が流れ、つい先日訪れたばかりなので懐かしい。テレビを見たり話をしたりと楽しいけれど、時計を見ると列車時刻が迫っていて、慌てて勘定を済ませると小走りに駅に向かった。

すぐに入線してきた智頭行きの普通列車はまたまた智頭急行の車両だった。向かい側のホームには倉吉行きのスーパーはくと3号が交換待ちで止まっていて、どうやら30分くらい遅れているようだ。向こうも智頭急行の車両だし、JRの路線なのにJRの車両にはめったに出会わないという不思議な路線である。

車内は各ボックス席が1〜2人で埋まる程度の乗車率で、見たところ地元客と大きな荷物を持った旅行者とが入り混じる。通路を歩いていき運良く空いていたボックス席に収まった。

智頭行き 635D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
智頭行き 635D

発車するとすぐに若桜鉄道の線路がじりじり左に離れていく。こういうシーンではどうしても線路を視線で追ってしまう。じきに若桜鉄道沿いを流れ下ってきた八東川を渡り、大きく右にカーブしたところで向こうの線路は視界から消えた。

河原かわはら

  • 所在地 鳥取県八頭郡八頭町国中
  • 開業 大正8年12月20日
完乗状況の路線図
河原駅舎 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
河原駅舎

列車を降りるとすぐ目の前に古びた木造駅舎が佇んでいた。休憩するには先ほどの郡家のような新しい駅舎は良いものだけど、目にした時に心惹かれるのはこういう駅舎の方だ。これが単なる保存展示物となるとそうでもないのだけど、長い歳月を本来の用途で使われ続けているものというのは魅力的に映る。

周辺には住宅が多数見られるものの裏手に迫る山と静けさから町外れの印象が強い。見るからに利用者は少なそうと思ったが、やはり乗車する人の姿はない。ただ意外にもお年寄りが2人ばかり降りて、近所の方らしくそのまま歩いて去っていった。

列車が去るのを見送ってから構内を歩いて回る。ホームは1面1線とシンプルそのものだけど、中ほどに駅舎に負けず劣らずの古い待合所があるのが目を引く。近づくと最近になり補修された形跡がちらほら見られまだまだ現役の様子。中に入ると、こげ茶色に塗装された作りつけの木製ベンチがあり空き缶が1つ座っていた。

ホームと待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
ホームと待合所

ホームと駅舎の間には貨物用なのか何なのか、2本くらい線路が横切っていたと思われる空き地があり、その線路がなくなった今ではホームが離れ小島のようになっている。

構内踏切があったと思しき場所を通り抜け駅舎に入ると、これが妙に狭くて休める人数はホームの待合所と大差なさそう。駅務室との境には曇りガラスの格子窓が並び、何だか駅らしくない内装をしていた。どうやら委託駅らしく一部の窓には透明ガラスが入り、切符を出し入れできる小さな穴が開けられ、呼び鈴まで設置されていた。

委託駅らしいとは思ったけど人気はなく今は使われてないのだろうか。ガラス越しに駅務室をのぞき込むと、やかんの載ったストーブや書類や文房具が並ぶテーブルが見えた。これはやはり現役のようだが営業日も営業時間も書かれてなく謎の多い窓口である。

待合室の壁面には昭和を感じさせる看板が何枚も掲げられていて目を引くが、こちらもどういう存在なのかよく分からない。駅舎に合わせた演出的なものなのか、それとも実際に古いものがそのまま残っているのだろうか。気になるものは多いけれど答えは何一つ分からない。

窓口上に掲げられた広告 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
窓口上に掲げられた広告

駅前に出ると車も通らなければ人通りもない静かな所だった。鳥取から降りてきた駅の中ではもっとも静寂さを感じる駅だった。駅前通りは歩道も付いた広い道路だが寂れている。定番ともいえるシャッターの降りた商店もあり、看板を見ると食料品店があったらしい。唯一駅前らしいのは簡易ながらある郵便局で、ガラス戸の向こうでは話し込む人の姿が見られた。

河原城

ここで向かうのは駅名の元になったと思われる河原町(現鳥取市)で、およそ2〜3kmの距離がある。鳥取を代表する河川である千代川せんだいがわ沿いに位置し舟運で栄えたという。しかし鉄道で舟運が衰退しただけでなく、その鉄道も通らないのだから踏んだり蹴ったりとも言えよう。そんな河原町に配慮したのだろうか、この駅は郡家町(現八頭町)にありながら河原の名を冠している。

見どころとしては戦国時代に秀吉が陣を構えたという城山に近年作られた河原城と、因幡の白兎で知られる八上姫やかみひめが祀られた売沼めぬま神社がある。この辺りはどこに行っても白兎が顔を出す。時間があれば両方訪れることにして、まずはより近場にある河原城を目指すことにした。

駅の周辺は鉄道が通ったことによって形造られた集落だろうか、駅を発って少しの間だけ家並みが続くが、そこを抜けてしまえば田んぼを中心とした景色に変わった。途中には三谷神社の大しだれ桜なる標識が立っていて興味が湧くけど冬に行っても仕方がない。これが桜の季節だったら思わず進路を変えていたかもしれない。

やがて広々とした千代川が見えてきた。川幅は軽く200mはありそうだ。すぐ下流では先ほどの郡家方向から流れてきた八東川や私都川が合流している。この川が鳥取平野を形造り、鳥取砂丘に砂も供給しているという。向こう岸には山すそとの間の小さな平地に建物が密集していて、背後の山上では目指す河原城がこちらを見下ろしていた。

千代川の背後に河原城がそびえる (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
千代川の背後に河原城がそびえる

千代川を渡ると河原町の市街地になっていて住宅や商店が密集していた。文房具や切手も扱う太田カメラ書店なる、何が本業なのかよく分からない小さな商店が気になる。周りが廃業する中で色々扱うようにしたのか、それとも元々こういう何でも屋なのだろうか。バス停の時刻表に目をやると、鉄道が通っていないだけにバスが発達しているらしく、通勤通学の時間帯には6本もの鳥取駅行きが出ていた。

城山のふもとまでやってくると山上に向けて丸太を活用した遊歩道が整備されていた。車が通らないので気楽なものだが延々と階段と坂道が続く。ゆっくり上がればいいものを調子に乗って一気に上がったものだから冬とはいえ汗が流れはじめた。息を弾ませつつ上がりきった所には、街を見下ろす東屋があり一旦ここで休憩して息を整えた。

河原城に伸びる遊歩道 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
河原城に伸びる遊歩道

目の前には目的の河原城がそびえていて近くで見ると想像以上に大きい。いかにも鉄筋コンクリート造りといった様子だけど貫禄は十分である。広い駐車場も併設されているが止まっている車はわずか2台だけと寂しく、まるで大金持ちが趣味で作りました的な城に見える。

あまりにも人気がないから入って大丈夫なのかと思いつつ静々と進んでいくと、城の入口には受付けがあり普通に観光施設になっていた。視界に入っただけで職員が3人も居て、どんな仕事があるのだろうかと不思議に思うくらい来館者が誰もいない。女性職員から入場券を購入すると新人なのだろうか、もぎった後に手渡されたのは値段が書かれた方の半券だった。

河原城 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
河原城

内部は思っていたより充実した展示施設になっていて、河原町の歴史から名産品についての展示や解説がどこまでも続く。城といえば城主にまつわる品々や年表が展示されるのが定番であるが、この城は単なる砦のようなものだったらしくそういう物は全然ない。しかし郷土史好きとしてはこれで十分というかむしろ楽しい。もう一つの見どころである売沼神社や八上姫伝説についての解説もあった。

暖房の効いた館内は私だけの貸し切りというのもまた良い。人が多いと周りの邪魔にならないように気を使ってしまい、落ち着いてゆっくり歩けなくなるのだ。なぜだかジブリ映画のBGMが静かに流れていて、かつて賑わった町の歴史についての資料と合わさり郷愁を誘う。

最上階は言うまでもなく展望室になっていて、外に出るといつの間にか青空が広がっていたのには驚いた。ここからは千代川と河原町を一望でき、青空と差し込む光でとても色鮮やかに見えた。何があるのかすらよく分からないまま訪れた城だったけど満足度はとても高い。

展望室から日本海方向の眺望 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
展望室から日本海方向の眺望

当初は薄暗さと人気のなさから不安を感じるくらいだったが、徐々に来館者が増えてきたのと青空が相まってすっかり空気が一変した。子供が何人もやってきたので城内もすっかり賑やかになった。

時計を見ると15時になるところで、日の短いこの季節ではもう次の駅には行けない。かといって引き返すにはまだ早いので売沼神社に向かうことにした。売沼神社は全国的にも珍しいという八上姫だけを祀る神社で、因幡の白兎における大国主との物語は日本最初の恋物語とされ、今では縁結びのパワースポットとして知られるという。

城を出ると先ほど汗を流しつつ上がった遊歩道を軽快に下り、後は大体の見当をつけて歩いていく。六地蔵の鎮座する集落に入っていくと狭い道路が入り組んでいて楽しい。トタンや板張りという昭和を感じさせる住宅が目立つのもまた良い。

さらに進むと一気に視界が開けてきて田畑が広がった。こういう所は日当たりも抜群で暖かく穏やかなものである。冬場の曇りということで寒さを予想して厚着をしてきたので、こうして晴れてきたらただ歩いているだけで汗ばんでくる。

沿道には穏やかな景色が続く (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
沿道には穏やかな景色が続く

やがて八上地区といういかにもそれらしい所に出てきた。道路沿いにはずらりと住宅が並んでいて郵便局もあり比較的賑わいがある。その家構えから昔は商店が並んでいたことが想像される。その一角に目的の売沼神社があった。太陽はいつの間にか山に隠れていて再び肌寒くなってきた。

まず向かったのは売沼神社ではなく隣接する八上姫公園で、千代川支流の曳田川ひけたがわ沿いにある小さな公園だった。桜の木と共に人の背丈ほどもある大きな石碑が点々と配置されていて、側面には大国主と八上姫の物語が、文字だけでなく図案と共に刻まれていた。全部で13個ある石碑を順番に見ていくことで、物語を紙芝居のように楽しめるという仕組みだった。

曳田川を挟んだ対岸に見える小山は尾根部分が5〜6世紀ごろの古墳になっていて、だけ古墳と名付けられたこの古墳は八上姫の墓とも伝わるという。そんな景色は見るたびに暗さを増しているようで日が暮れないかと気が急いてきた。

石碑の並ぶ八上姫公園 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
石碑の並ぶ八上姫公園

売沼神社の入口はなぜだか鳥居の前ではなく鳥居の脇のような所にある狭い小径で、両側に社務所や住宅が迫っているので、人の家にでも忍び込むような妙な感じがした。何だか微妙なところに来てしまったかと思いきや、その先にある鳥居の前まで来ると印象は一変した。

鳥居の前からは真っ直ぐに伸びる参道と、奥に鎮座する拝殿までを見渡すことができ、全体を木々に囲まれた境内は薄暗さと静けさが相まって、外の世界から隔離されたような不思議な印象だった。そこに押せば倒れそうな物から見上げるような大きな物まで、姿形も様々な石灯籠が点在する。石材の表面はすっかり苔むしていて美しい。

ゆっくりと拝殿に向かいながら石灯籠に彫られた文字に目を凝らすと、安政や文久といった年号が読み取れた。江戸時代の人たちが奉納したものなのだろう。中には風化して読み取れないものもあり、古くから崇敬を集めていたことを感じさせた。

一段高台にある拝殿は見るからにそれと分かる整った姿で、屋根が石州瓦というのが山陰らしい。その手前に鎮座する狛犬は今にも飛びかからんとする形相と姿勢だ。拝殿の周囲にもまた何を理由にその位置を選んだのか、適当に配置したような感じで点々と石灯籠が並ぶ。この辺りは石材どころか地面までもが苔に覆われていて見事なものである。

売沼神社拝殿 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
売沼神社拝殿

神社の雰囲気がすっかり気に入り長居をしてしまい、参拝を済ませて立ち去る頃には随分と暗くなっていた。それでも入れ替わりに若い女性の2人連れが境内に入っていく。そういえばここは縁結びのパワースポットなのだったか。

暗いだけでなく寒さも増してきて今日はここまでと駅に向かう。寄り道しながら歩いてきたので大した距離ではないような気分でいたけど、いつのまにか駅から4km近く離れた場所まで来ていた。はたして日没前にたどり着けるか微妙なところである。

急がなければとは頭では分かっていても、木製の引き戸や板壁に包まれた商店の廃屋に立ち寄ったり、雑草に覆われた堤防を歩いてみたり、興味を引かれるものが視界に入るとつい寄り道をしてしまい一向に先に進まない。さすがにこれはいけないと思い直し、夕闇迫る中を一目散に駅に向かった。

エピローグ

完乗状況の路線図

河原駅に戻ってきたのは日没とほぼ同時刻だった。乗り遅れてなるものかと待合室に入ると素早く時刻表に向かう。すると1時間以上も先まで列車がない事が判明してがっくりきた。急いで来たのは何だったのか。街中ならまだしも街灯すらまばらなこの地では、日の暮れた中でどこかに向かう訳にもいかず参った。

鳥取行きの普通列車はないけど逆方向には2本もあり、それぞれから学生が10人くらい降りてきた。寂しい駅だと思ったけど意外と通学利用は多いらしい。さらに通過していく鳥取行きの特急を恨めしく見送る。こんなに列車が通るのに鳥取行きの普通列車だけないとか、何という意地の悪さだろう。

だがそれ以上に意地が悪いのは駅舎の待合室が真っ暗ということで、常時こうだとは思えないから室内灯が切れているのだろう。時刻表を見るのにすら苦労するほどの暗さとか前代未聞である。

夕闇の河原駅ホーム (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
夕闇の河原駅ホーム

暗くて寒い駅舎には見切りをつけてホームの待合所で列車を待つ。こちらは煌々と明かりが灯り、戸を閉めれば密閉することもできるので随分とマシだけど、ぼんやり待っていると体が芯から冷えてくる。木製のベンチだから寒い時には快適そうに思えたけど、いざ座ってみると想像以上に冷たくて座布団のありがたみを実感させられた。そして降り立った時には1つだった空き缶が2つに増えていた。

ぽつぽつと高校生くらいの若者が集まってきたところで、ようやく現れた列車には私を含めて4人が乗車した。車両は今日3度目となる智頭急行の車両で、ここは智頭急行の路線なのかと突っ込みたくなるくらいよく出会う。車内は各ボックス席に一人くらいとがら空きだった。

予想はしていたけど次の郡家で一気に通学の高校生が乗ってきて大混雑になった。暗さと静けさからもう深夜が近いような気分に浸っていたけど、この活気がまだ19時前と早い時間であることを気づかせてくれる。そして立ち客まで出たところで鳥取に向けて発車した。

鳥取駅に到着した749D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取駅に到着した749D

半日ぶりに戻ってきた鳥取駅は通勤通学客で大いに賑わっていた。ホーム上は一気に吐き出された学生と、山陰本線の列車を待つ人たちが交錯して足の踏み場もないほどで、人混みを縫うようにして駅を後にした。

(2018/01/05)

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