因美線 全線全駅完乗の旅 1日目(鳥取〜津ノ井)

因美線の旅 1日目 旅行記&乗車記の地図

目次

プロローグ

2018年1月4日、午前8時の鳥取駅にやってきた。

今回の目的地は鳥取から岡山県の東津山までを結ぶ因美いんび線。それぞれの旧国名である因幡いなば美作みまさかの頭文字を取ってこの路線名が付いている。

因美線は中国山地を縦断する路線のため大部分が山間を走る。全長にすると70.8km、駅は両端の2駅を含めて16駅ある。大正8年に鳥取〜用瀬もちがせ間が開業したのを皮切りに、鳥取と津山の双方から少しずつ延伸していき、昭和7年に全通している。姫新きしん線・津山線・智頭急行といった路線と組み合わせる事で、鳥取と大阪・岡山方面を結ぶ陰陽連絡線を形成している。

冬の山陰地方で山間部に向かおうというのだから、大雪に見舞われたらどうしようかとも思ったが、幸いにして細かな雪がちらちら降っている程度で、路面には雪さえ見当たらない。空はどんよりとした曇り空だが、鳥取の日照時間は日本有数の少なさなので仕方がない。

鳥取とっとり

  • 所在地 鳥取県鳥取市東品治町
  • 開業 明治41年4月5日
完乗状況の路線図
鳥取駅北口 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取駅北口

鳥取駅は山陰本線の主要駅であると同時に因美線の起点でもある。鳥取市を代表する大きな駅だ。開業は明治時代と長い歴史を持っているが、高架駅という近代的な姿に生まれ変わり、往時を偲ばせるようなものは見当たらない。もっとも高架化されたのは40年近くも前の国鉄時代なので、これはこれで結構な歴史を持っている。

駅前に立つと地上駅時代の駅舎や線路の跡地なのか広々としていて緑も多い。バスターミナルも併設されていて続々と路線バスが出入りする。そんな一角には因幡の白兎伝説の土地だけあって、やはりというか当然というか大国主命と白兎の石像が鎮座していた。

高架下は南北の市街地を結ぶ自由通路になっていた。通路に面した東側には改札やみどりの窓口など駅施設が並び、西側には商業施設が高架下に広がっていた。そのため鉄道以外の利用者も多く人々が行き交う。雑踏を進んでいくと中央の目立つ所には、砂で作られた白兎や鮫が展示してあった。

改札口周辺 (Canon PowerShot G9X)
改札口周辺

まだ列車に乗る訳ではないけど高架上にあるホームも見ておこうと、券売機で入場券を購入してきた。そうして改札を抜けるとまずは幅広の階段で2階に上がる。ここには2面あるホームに上がるための小さな階段やエスカレーターが並んでいた。他には待合室がある程度で、ここに用はないと手近なエスカレーターに乗ると1・2番ホームに出た。

ホーム上には大きな荷物を抱えた帰省客らしき人たちが列を作っていた。移動するにも苦労するほど混雑していた。そこらかしこに「〇号車指定席」「自由席」などと書かれたプラカードを手にした駅員が立つ。どうやら京都行きの特急を待っているらしい。

発車案内板には京都・若桜・米子・倉吉・城崎温泉・浜坂と様々な行き先が並び、4番線まであるホームには特急や普通列車が入れ代わり立ち代わりしていて活気がある。

京都行きスーパーはくと4号 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
京都行きスーパーはくと4号

人混みを避けるようにホーム上を移動していく。長大な客車列車が走っていた名残りかホームはとても長い。遠くに目をやると頭上がすっきりしていて空が広いのが新鮮に映る。鳥取駅は県庁所在地の代表駅でありながら電化されていない少し珍しい駅だ。同様の駅は他に山口・徳島・高知の3駅しかない。列車が発車するたびに大きなエンジン音が響いてくる。

どんよりと曇っていた空からは薄日が差し込みはじめ、これは幸先が良いと思ったのも束の間、突如として大粒の雪が激しく降りはじめた。

構内にはまだ新しい車両の特急列車が発着する傍ら、古びた国鉄型車両を使用した普通列車も続々とやってきて懐かしさを感じさせる。若桜鉄道や智頭急行といった第三セクターの車両も乗り入れてきており、バラエティ豊かな顔ぶれは眺めていても楽しいものがある。

未だ国鉄型車両も行き交う (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
未だ国鉄型車両も行き交う

再び駅前に戻ってくると近くにある鉄道記念物公園に向かった。駅前に見逃してしまいそうな小さな標識が立っていて気がついた公園で、このいかにも鉄道と関係ありそうな名称を目にしては行かない訳にはいくまい。

雪はいつの間にか小康状態になり、それどころか青空まで顔を出しはじめた。上空は余程強い風が吹いているのか目まぐるしく天候が変わっていく。服を着込んで動き回っているため体は暑いくらいだが、気温自体は低いらしく手は若干冷たくなってきた。

肝心の公園は小さいながら遊具の代わりに所狭しと鉄道関連の品々が並び、ちょっとした鉄道資料館を思わせる濃厚な空間であった。薄っすら雪化粧した園内は貸し切りで、鳥取駅の喧騒とは対照的なまでの静けさが落ち着く。

特に目を引くのが古びた上屋のある石積みホームで、高架化される前の鳥取駅から移設したのだろうと想像するが、説明板の類は見当たらず詳しい事は分からなかった。他にも腕木式信号機や踏切に転轍機と何でも揃っている。雨ざらしなだけに劣化や破損が進行しているのは少し気がかりで、将来的に朽ちてしまわないか心配になる。

鉄道用品の並ぶ鉄道記念物公園 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鉄道用品の並ぶ鉄道記念物公園

鳥取砂丘

駅の内外を一通り散策したところで鳥取砂丘に向かうことにした。鳥取でどこかと考えると自然と砂丘に落ち着く。珍しい球状の石垣がある鳥取城にも少し心惹かれるけど、あいにくと両者の距離は離れすぎている。両方訪ねようものなら因美線に乗ることなく日が暮れて、もはや因美線の旅とは言えなくなる。

観光案内所で砂丘への行き方を尋ねると、日々繰り返される質問らしく定型文のような案内が早口で返ってきた。路線バスを使うしかないようだが、残念ながら砂丘行きのバスは出たばかりで次は1時間後だという。最後にバス時刻表と砂丘周辺の地図を手渡された。

この時間を利用して朝食にしようと駅に併設されたそば屋に入った。半端な時間だけに先客は一人だけと空いていた。立ち食いではなくテーブル席もあるのがありがたい。名物だという砂丘そばを注文すると、鳥取名物のあごちくわが入ったそばが出てきた。かつお出汁がよく効いたつゆが印象に残る。でも見た目も具材も砂丘という名称とはあまり関係がなさそう。

あごちくわが特徴的な砂丘そば (Canon PowerShot G9X)
あごちくわが特徴的な砂丘そば

駅前のバスターミナルに向かうと下手な駅舎より大きな建物があった。待合室に入ると暖房が効いていて暖かい。ここで待てれば良いのだが座る場所が見当たらないほど混雑していて、通路には高速バスの受付カウンターに向けて人が並ぶ。これはたまらないと外にある砂丘行きバス乗り場に向かい、傍らに置かれた小さなベンチに腰を下ろした。寒いけど徐々に青空が広がり、眩しいくらいに日が差し込んできた。

砂丘行きを待つのは私だけで冬場の平日ともなるとこんなものか。そんな事を考えていると発車時刻が近づくにつれ、一人二人と観光客らしき人たちが集まってきた。そしていよいよ乗車という段になると、どこに隠れていたのかと思うほどの人々が現れ、概ね満席となった。

鳥取砂丘行きバスに乗車 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取砂丘行きバスに乗車

出発すると日本海に向けて市街中心部を走り抜けていく。車窓には特別新しくもなければ古くもない街並みが流れていく。鳥取は古くから因幡の中心地であると同時に空襲を受けていないから、風情ある古い街並みが残っていそうなものだけど、多くの歴史ある建造物は昭和18年の鳥取地震と、昭和27年の鳥取大火により失われてしまったという。

市街地を抜けると徐々に山間に分け入っていく。海に向かっているはずなのに不思議な感じがするが、市街地と砂丘の間には小高い山が横たわっているのだ。やがて短いトンネルを抜けると空は開け、地上には砂丘の防砂林らしき松林が広がった。

観光案内所で聞いた砂丘最寄りのバス停で降りようと思っていたら、途中の砂丘センターというところで大半の乗客が席を立った。何やら高台で見晴らしが良さそうだし、ここで降りるのが正解に思えてきて、つられるように一緒に降りてしまった。本当にこれで良かったのだろうかと若干不安を感じつつバスを見送った。

何となく降り立った砂丘センターバス停 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
何となく降り立った砂丘センターバス停

天候は再び悪化しはじめていて、先ほどの青空が嘘のように薄暗くなってきた。高台だけに風当たりも抜群で冷たい風が吹き付け、徐々に雨まで混じりはじめた。

目の前にある砂丘センターなる建物は何かと思いきや、土産物の売店やレストランが入ったドライブインだった。風雨から逃げるように入店すると明るく暖房も効いていて別世界だ。新しく大きな施設だけど客は少なく店員の方が多いくらいに見えた。一緒に降りた大勢の人たちはどこに消えてしまったのだろう。そもそも彼らは何のためにここで降りたのかと不思議にすら思えてきた。

上層階には展望台があるというので階段を上がっていくと、屋外な上になぜかそこだけ屋根がなくで雨が降りそそいでいた。そしてこの天候が故に遠くは霞んでよく見えない。かといって近景は砂丘より足元の広場や木々が目立ち、特別どうということもなくすごすご退散した。

展望台から眺める砂丘(建物はリフト乗り場) (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
展望台から眺める砂丘(建物はリフト乗り場)

収穫が有ったような無かったような砂丘センターを後にして、砂丘に向かうべく目の前にある観光リフト乗り場に向かった。このリフトが砂丘とこの高台を直結しているのだ。下るだけとはいえ歩けば結構な距離があるので助かる。券売機で乗車券を購入して乗り場に向かうと他に利用者の姿はなく、もぎりのおっちゃんが所在なげに佇んでいた。

リフトに乗るのは子供の時分にスキー場で乗って以来だろうか、随分と久しぶりで移動する座席にタイミングを合わせて座る動作が懐かしい。ゆっくりと下りながら、すれ違う上りのリフトを眺めていると、どこまで行っても人影がない。贅沢にもリフト全体が私だけの貸し切り状態になっているらしい。

歩き回っていては気にならなかったけど、こうして何もせず座っているとやたら寒い。みるみる内に手が痛くなってきた。乗っていたのは数分の事だったけど、リフトから降りる頃にはすっかり体まで冷えてしまった。

観光リフトで砂丘に下る (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
観光リフトで砂丘に下る

リフトから降りるとすぐ目の前が砂丘だった。鳥取砂丘は東西に16km、南北には2.4kmと広大で、一歩足を踏み入れれば日本らしからぬ荒涼とした風景が広がる。暗い空と雪景色がより荒涼さを際立たせているようだ。日本海との境目には馬の背と呼ばれる小高い丘があるため海はほとんど見えないが、地響きのような波音が伝わってくる。

みぞれが激しさを増してきたので傘を取り出しつつ、馬の背に向けて足を進めていく。寒さと悪天候が加わり馬やらくだの姿はなく、観光客も遠くにちらほら数える程度しかいない。みぞれが傘を叩くバラバラという音と、怖いくらいに響いてくる日本海の音だけが耳につく。

最果ての地にでも来たかのような印象を受けたが、夏場のそれも繁忙期に訪れたら穏やかで人も多く、まるで違う印象を受けるに違いない。

荒涼とした鳥取砂丘 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
荒涼とした鳥取砂丘

砂の上を歩くというのは無駄に体力を使って大変なのだが、幸か不幸か悪天候のために砂が湿り、固く締まっていて歩きやすい。ミドルカットで防水の靴を履いていたのも良かった。水も砂も入り込む心配はない。馬の背に向けては緩やかな下り坂が続くのに加え、追い風も味方して足取り軽く進んでいく。

下り坂が上り坂に変わる馬の背との境界あたりは、窪地だけに地下水や雨水が溜まりオアシスと呼ばれる池ができていた。風も当たらないので鏡のように静かな水面だ。水際まで行ってみようとしたけど、あまりになだらかな傾斜地のため、どこが水際なのか分からない感じで砂の斜面が水面に変わっていた。

馬の背は遠目で見たよりずっと急勾配で、スキー板でもあればサンドスキーが楽しめそうなくらいだ。この巨大な砂山によって波音と風が遮られるらしく静かで、傘を叩く雨音だけが妙に大きく聞こえた。靴に砂が進入して難儀する観光客を横目にぐいぐい登る。途中で休んだら負けのような気がして休まず上がり続けたら、さすがに呼吸が荒くなり汗が滲んできた。

馬の背に登る (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
馬の背に登る

上がりきると同時に視界を遮るものは何もなくなり、見渡す限りに激しくうねりを上げる鉛色をした日本海が広がった。はたと足が止まり言葉を失う光景である。

眺めが良いということは風を遮るものがないという事でもあり、暴風雨をまともに受けて汗をかいた体が冷えはじめた。さらに傘が飛ばされて追いかけたり鼻水が出たりと大変。後からやってきた人たちもその景色を目にすると思わず歓声を上げるが、すぐに自然の厳しさに負けてそそくさと退散していく。

海を眺めていると妙に手がピリピリとしてきた。単なる静電気だと最初は特に気にしていなかったが、徐々に酷くなってきて手が痺れるほどになってきた。さらにどこからともなくパチパチと規則正しい音が聞こえてきて気味が悪い。発生源を探っていると傘の金具が音に合わせて放電して光っているではないか。もしかして雷の兆候だったりするのだろうか。こんな何もない所で落雷とか冗談ではないと逃げるように馬の背を降りた。

馬の背から眺めた日本海 (FUJIFILM X-T1 + XF35mm F1.4R)
馬の背から眺めた日本海

帰りは下り坂だから楽かと思いきや向かい風が強くてそうでもなかった。視界を遮るように傘をささないと雨が顔にまで吹き付けてくるのだ。風雨と戦いながら砂丘を脱出すると、途端に青空が広がり日が差し込みはじめた。まるで狙ったように砂丘滞在中だけの悪天候だった。

目の前には砂丘会館というドライブインがあり、昼ということもあり休憩がてら何か食べていくことにした。所狭しと並ぶ土産物の間を通り抜けた先に大きな食堂があり、ショーウィンドウの中には魚介類を中心とした料理が並んでいた。店内に入ると砂丘と同じで、広々としていながら人が少なく快適だ。

何か鳥取名物を食べようと思い、多数並んだカニ料理の中からカニとろろ丼を注文した。鳥取といえばやはりカニが最初に思い浮かぶ。鳥取県はカニの漁獲高だけでなく消費量でも日本で一二を争う県なのだ。そして長芋も砂丘の砂地を活かした特産品であり、海と陸の名物同士の組み合わせという訳だ。味の方も想像通りの美味しさで、カニの風味にとろろの舌触りは食が進み、瞬く間に完食してしまった。

昼食はカニとろろ丼 (Canon PowerShot G9 X)
昼食はカニとろろ丼

ゆっくり食後のお茶を飲みつつ腕時計に目をやると、バスの発車時刻まで10分を切っているのに気が付き慌ただしく席を立った。急いで外に出るとまた雨が降っている。小走りにバス停に向かうと鳥取駅行きのバスが止まっているのが見えて気が焦る。

空いてるだろうと車内に入ると優先席の他はすっかり埋まっていた。これは立っていくしかないかと思ったが、幸運にも後方の通路側に一つだけ空席があるのを見つけた。駅まで20分ほどかかるので助かった。発車間際に駆け込んでくる人たちもあり、車内は立ち客で通路まで埋まってしまった。

こう混み合っては多湿と人いきれで窓はすっかり曇り景色どころではない。荷物のようにじっと到着するのを待つしかない。観光客ばかりなので途中のバス停で降りる人もなく、混雑したまま終点の鳥取駅に到着した。

鳥取駅行きバスに乗車 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取駅行きバスに乗車

いよいよ因美線の旅だと足早に改札口までやってきて、頭上にある発車案内板で列車時刻を確認してがっかりした。1時間近くも先となる14時10分まで列車がないのだ。つまり慌ただしく戻ってきたというのに、ゆっくり食休みをしてから30分後のバスに乗っても結果は同じだったという訳だ。

こうなると乗車券を購入するくらいしか仕事がなくて暇を持て余す。仕方がないのでホームに上がってみると岡山行きの特急を待つ人々でごった返していた。大きなスーツケースを持った観光客や帰省客と思しき人が多い。乗り切れるのだろうかと思うほどの列だったが、まもなく入線してきた列車にはきれいに収まり妙に感心した。

特急が去ると入れ替わりに因美線の普通列車が入ってきた。たらこ色をした国鉄型車両の2両編成だった。通勤通学客のいない日中は空いてるだろう、という予想に反して次々と座席が埋まっていき意外と乗車率が良い。あまり混雑されると降りるのが厄介なので、下手に座らない方が良いと判断して先頭のドア横に陣取った。

智頭行き 657D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
智頭行き 657D

14時10分、定刻通りに発車した列車は、加速しながら大きく右に曲がり内陸部へと進路を向けた。左手に遠ざかっていく山陰本線を目で追っていると、いつの間にか高架から下りて地上を走っていた。車窓には住宅と田畑がどちらが主体という感じでもなく続く。

津ノ井つのい

  • 所在地 鳥取県鳥取市津ノ井
  • 開業 大正8年12月20日
完乗状況の路線図
木造駅舎 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
木造駅舎

降り立ったのは両側を線路に挟まれた島式ホームで、線路の向こうには古びた木造駅舎が静かに佇んでいた。相変わらず雨は降り続いていたが上屋がないので急いで傘を開いた。一緒に降りた高校生くらいの若者3〜4人は足早に立ち去っていく。周辺には住宅やアパートが建ち並び近郊の小さな町という印象を受けた。前方には小高い山並みが控えていて鳥取平野の端であることを感じさせる。

列車が去るのを見送ってから誰もいないホームを散策して歩く。これが唯一のホームで長さは5両編成が収まるくらいはありそう。何か歴史を感じさせる遺物でも残されていないかと、端から端へと歩いてみたけど収穫はなかった。あるものと言えばプレハブ小屋のような待合所くらいのものだ。中に入ると外観に負けず劣らずの素っ気なさで、ベンチが置いてあるだけで時刻表どころか貼り紙の一枚すら見当たらなかった。

島式ホームと待合所 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
島式ホームと待合所

ホームと駅舎を結ぶのは遮断器のない簡単な構内踏切で、鳥取駅の隣にして随分とローカルな雰囲気が漂う。駅舎を近くで見るとあちこち改修されてこそいるが、相当に古い事は一目で分かる。軒下には大きな除雪機が置いてあり冬の積雪量が想像される。そういえば鳥取県はその全域が豪雪地帯に指定されていると聞いたことがある。

改札口は一人ずつ通り抜けるのがやっとの幅しかなく何だこれはと思う。隣接してそちらが本来の物だろう大きな改札口もあるけど締め切られていた。改札業務に便利なように窓口の前に出入口を移したという感じだろうか。

待合室に入ると人気はなく雨の薄暗さもあって寒々しい。いかにも現役といった様子のきれいな窓口があるけどブラインドが下りていた。営業時間を見ると7時から16時35分と書いてあり、開いていても良さそうなものだがおかしい。もしかして無人化されたのだろうかと貼り紙に目をやると、正月1日から4日まで休業と書いてあった。

待合室と狭い改札口 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
待合室と狭い改札口

駅前に出ると水しぶきを上げながらひっきりなしに車が走り抜けていく。近くの信号が赤になるとずらりと車が並ぶ。ここは鳥取と姫路を結ぶ国道29号線の旧道で交通量が多い。車の多さとは対照的に人の姿はまるで見当たらず町に活気は感じられない。くすんだ色合いをした景色の中で、駅舎の前に並ぶ自販機だけがやたら鮮やかに見えた。

因幡国の史跡巡り

ここでは北東2〜3kmほどの場所にある、千年以上もの昔に因幡国の国府が置かれたという地域に向かう。歴史ある土地だけに史跡も四方八方に点在していて見どころには困らない。中でも訪れてみたいのが国府の中枢たる国庁の跡だ。その道すがらには国分寺の跡があるので、まずはそちらを先に目指すことにした。

空気は冬らしく冷えているが歩いてさえいれば寒くはない。それより向かい風が困り物で、雨を防ごうと傘を大きく傾けて持つので徐々に手がだるくなってきた。

数分も歩くと町並みは途絶えて一面の田んぼが広がった。車が忘れた頃に通る程度の静かな所である。平地の中には小さな山が点在していて、土地の歴史と相まって奈良の大和三山を思い起こさせた。あとで知ったのだが国庁跡を囲む三つの山は因幡三山と呼ばれているそうで、考えることは同じだなあと思った。

やがて建物の密集する小さな集落が近づいてきた。その入口付近には「因幡国分寺跡の礎石」と書かれた標識が立っていて、それに従い建物に囲まれた蛇行する小路に入り込んでいく。その家並みや町割りが古くからの集落であることを感じさせる。

国分寺地区の家並み (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
国分寺地区の家並み

集落の中ほどまでやってくると最勝山国分寺という曰くありげな名前の寺があった。人の気配はまるで感じられず静まり返っている。境内で見つけた碑文を読むと衰退した因幡国分寺を再興したものだという。とはいえ小さな本堂がポツンと佇んでいるだけで、七堂伽藍に七重塔があったという往時の姿を偲ぶことはできなかった。

実際の因幡国分寺跡はどこかといえばこの集落一帯が寺域だったという。先ほどから跡地の上をウロウロしていたのだ。発掘調査によって門と塔の位置は分かっているそうだが、家々がこれだけ密集していてはそれ以上の発掘は難しそうである。

境内の片隅には近くの水田から見つかったという大きな礎石がいくつも転がっていた。これは塔の礎石だという。大きさも形も千差万別で自然石そのままという姿をしていて、傍らに植えられた庭木と相まって説明板がなければ単なる庭石と勘違いしそうだ。

因幡国分寺の礎石 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
因幡国分寺の礎石

礎石を眺めていると突然大粒の雪が降りはじめ頭が白くなっていく。これはたまらないと本堂の屋根下に避難すると途端に体が冷えはじめた。やはり歩き回っていないと寒い。幸いにして雪はすぐに収まったので国庁跡に向けて足を動かす。

因幡の国庁といえば大伴家持おおとものやかもちが万葉集の最後を飾る歌「あたらしき としはじめ初春はつはる今日きょうゆきの いや吉事よごと」を詠んだ地として有名だ。1259年という時を隔てた同じように雪の降る正月だが、こちらの雪は全然吉事とは思えない。

国分寺の集落を抜けると再び田んぼの広がる中に躍り出た。同時に空を覆っていた雲に切れ間ができはじめ日が差し込んできた。あの激しい雪は何だったのかと言いたくなる。雨上がりのしっとりとした空気感の中で低い雲が散り散りに垂れ込め、そこに日が差し込む眺めは幻想的だった。遠くの山には虹までかかり吉事を期待させる。

天候の回復もあってか、どこからともなく現れた犬の散歩をする女性に追い越された。人の気配と日差しが合わさり、寒々としていた景色に暖かみが出てきた。

田んぼの向こうには面影山が佇む (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
田んぼの向こうには面影山が佇む

見えてきた国庁跡は芝生の広がる静かな公園だった。駐車場やトイレに東屋まで整備されていたが誰もいない。周りは田んぼに囲まれていて因幡三山がよく見える。遠くに目をやれば上半分だけ雪化粧をした山並みが光を浴びて輝いていた。

発掘調査によって判明した南門・正殿・後殿といった建造物の跡には、円柱形の御影石が整然と並び柱跡を表していた。当時はここに檜の柱が立っていたという。しかしこれだけで当時の姿を想像するのは難しい。近くの万葉歴史館には再現模型や資料が展示されているそうで、そちらを先に訪れた方が想像を巡らすには良さそうだ。時間があれば今からでも行ってみるところだが残念ながらもう閉館時間が迫っていた。

到着時には誰も居なかったが1台また1台と車が集まりはじめた。最初は観光客だろうと思ったが、見るとその全てが犬の散歩を目的としていた。かつての因幡における政治の中心地も、今では犬が走り回るばかりの公園とは栄枯盛衰を感じさせる。

因幡国庁の正殿跡 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
因幡国庁の正殿跡

宇倍神社

時刻は16時を回り日没まで1時間を切っていた。史跡が多数あると言っても日が暮れてはどうしようもなく、時間を考えれば駅に戻るのが賢明だろう。しかしほんの1kmも歩けば因幡一宮の宇倍神社があり、ここで立ち寄らなければ心残りになるのは確実で、帰途が夜になることは覚悟の上で向かうことにした。

それにしても国分寺・国庁・一宮と狭い範囲に見事に揃っている。どこをどう見ても因幡国の中心地というこの辺りの地名が国府町というのが実に分かりやすい。

国庁跡から少し歩くと袋川という小さな川があり、渡った先には住宅を中心に建物がどこまでも続いていた。地図を見ると鳥取市中心部から続いてきた市街地の末端になるようだ。行き交う人や車も増えはじめ、公民館のような建物には大勢の人が集まり賑わっていた。

宇倍神社の参道までやってくると出店が並んでいて驚いた。もう三ヶ日も過ぎたというのにまだこんなに出店が残っているとは、鳥取県でもっとも初詣の人出が多い神社というだけのことはある。とはいえ4日の夕方ともなると人通りは少ないようで、店主同士で話し込んでいる姿があるばかり。準備中なのか営業中なのかすら分からないような光景である。

人通りのない参道に出店が並ぶ (Canon PowerShot G9 X)
人通りのない参道に出店が並ぶ

由緒書きによると宇倍神社が創建されたのは大化4年だという。西暦にすると648年で飛鳥時代の話しだ。奈良時代から平安時代にかけて作られた国庁や国分寺より歴史がある。

それより宇倍神社という名前が気になった。宇部といったらセメントや炭鉱で知られる山口県の宇部しか思い浮かばない。なぜここで宇部なのだろうかと気になり後日調べてみたけど、正確なところはよく分からず何となくモヤモヤが残った。

社殿は街に接した高台にあり、百段くらいありそうな長い石段を上がっていく。所々に照明こそ灯っているが、木々に覆われていて全体に暗い。頭上には戌年だからか「吠える鳥取犬」と大胆な筆跡で書かれた大きな幕が掲げられていた。よく見ると鳥取県の形をそのまま犬に見立てた絵も描かれていて、なるほど鳥取県は鳥取犬でもあるのだと納得。

息を弾ませながら石段を上がっていると、頭上から止めどなく水滴が落ちてくる。木の葉に付いた雨水だろうと思ったが、それにしては休みなくパラパラ音を立てて落ち続けていた。何かおかしいと思いつつ頭上に木々のない境内まで上がりきって判明した、小さなあられのような雨が降りはじめていたのだ。

石段の上には吠える鳥取犬 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
石段の上には吠える鳥取犬

焚き火の煙がゆらゆら上がる境内には想像より小ぶりな拝殿が鎮座していた。内部ではご祈祷をしているのだろうか、何人もの方が座っている後ろ姿が見えた。均整の取れた美しい佇まいをしたこの拝殿は、明治32年に発行された五円紙幣の図柄に採用された由緒ある建物だ。神社が紙幣に印刷されたのは初めてのことだったという。

御祭神は日本書紀や古事記にも登場する謎に包まれた人物、一説によると360余歳まで生きたとされる武内宿禰たけのうちのすくねだ。この因幡国で行方知れずになったという伝承も残る。そんな長寿の武内宿禰と紙幣の図柄になった事が組み合わさり、長寿とお金にご縁があるという。

参拝を済ませた辺りからあられが本降りになってきて風もあるのでさあ大変。すっかり雨が上がり油断していたのか傘を持たない人が多く、社務所の軒下には駆け込むように避難した人たちが10人ばかり身を寄せていた。私も軒下に入り御朱印を書いていただきつつ境内に降り注ぐあられを眺めた。

暖かな灯りに照らされた社務所では何人もの巫女さんが動き回り、ここだけは正月の続きのような忙しさと活気を感じる。

紙幣の図柄にもなった宇倍神社拝殿 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
紙幣の図柄にもなった宇倍神社拝殿

雨ともあられともつかない物体はまるで降り止む気配がない。時刻は17時になり急がないと暗くなるばかりで焦りも出てくる。ここから駅までは少なく見積もって4kmはあり、疲れと雨であまり歩き出したくない気分だけど迷ってる状況ではない。思い切って傘を開くと軽快に石段を下りていく。

記憶を頼りに残照に浮かぶ田んぼ道を小走りに進んでいく。遠くの街灯りや車のヘッドライトが夕暮れの寂しさを増幅させる。幸いにして雨は徐々に収まってきたが、国分寺の集落を過ぎた辺りでとうとう暗闇に包まれてしまった。暗くて景色が変わったせいか道を間違え、右往左往しながら駅に到着したのは、宇倍神社から1時間が経過した頃だった。

エピローグ

完乗状況の路線図

人気のない待合室で時刻表を確認すると、約20分後の18時20分の鳥取行きがあった。窓口は閉まっていて券売機もないので、そのままホームに向かって列車を待つ。どこからともなく人が集まってきて最終的には3〜4人ほどになった。

やってきた鳥取行きは若桜鉄道から乗り入れてきた車両だった。単行の小さな車両とあって車内は学生で混み合っていた。奥には進みようもなく乗車したドアの所に立っていく。こう暗くては車窓には自分の顔しか見えず、往路の記憶から景色を想像するよりすることがない。

津ノ井に入線する鳥取行き 1344D (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
津ノ井に入線する鳥取行き 1344D

鳥取駅に到着すると人波に押されるように忙しく降り立つ。ホームには相変わらず特急を待つ行列ができていた。この光景を目にするのは今日だけで何回目だろうか。発車案内板を見ると米子行きの特急で、近場だからか通勤や用務客といった出で立ちの人が多い。

改札に向かい運賃を払おうと思ったら窓口が留守で困った。仕方がないので改札に立っていた女性駅員に渡したら愛想よく受け取ってくれた。現金を出すと窓口に行くように言われることもあり、どういう規定になっているのかよく分からない。駅を出ると雨上がりのしっとりした街をホテルに急いだ。

鳥取駅北口 (FUJIFILM X-T1 + XF16mm F1.4R)
鳥取駅北口

(2018/01/04)