
2025年1月1日、山手線の車内で年を越して深夜の新宿駅にやってきた。2時30分に発車する「外房初日の出号」に乗車するためだ。行き先は房総半島の先端近くにある千倉で、名前の通り初日の出鑑賞を目的とする人々を運ぶ列車である。
過去5年間の初日の出を迎えた県を並べると、香川・徳島・長崎・三重・兵庫と西日本の側に偏っているので、今回は久しぶりに東日本で迎えることにした。そこで前々から気になりつつも利用する機会のなかった、この列車を活用してみようという訳だ。初日の出列車には銚子に向かう犬吠初日の出号もあり、どちらでもよかったけど現地の混雑を考えた結果、より空いてそうな外房のほうを選んだ。

全席指定席なので急ぐ必要はないけど、初詣だの居酒屋だのにいって乗り遅れたら目も当てられないので、時間はたっぷりあるけどホームで列車を待つ。同じように所在なさげに佇む人もいれば、カメラを手に忙しそうな撮り鉄も目立つ。
ぼんやりしていると時間というのは全然進まないもので退屈だし寒い。途中駅なり終着駅なりで長時間停車するようにして、前日の23時くらいに乗せてほしいものだ。そんなことを考えていると2時をすこし回ったところで列車が入線してきた。発車時刻の30分近くも前から暖かな車内で過ごせるのはありがたい。

列車が動きはじめると案内放送があったのみで検札はなく、早々と車内灯が減光されて薄暗くなった。乗車時間が3時間25分と短いので早く眠ろうと思うけど、車内が暗くなったら車窓を流れる夜景がよくみえてそちらに目がいってしまう。暗いから眠りやすいはずが、暗いがゆえに眠るのがもったいない。
不眠のままではよくないので秋葉原らしき駅を通過したあたりで目を閉じた。それからは物音にふと気がつくとどこかの駅に停車中でまたすぐ眠るといったことを繰り返し、目覚めたのは5時23分着の安房鴨川に到着するあたりのことだった。

終点の千倉到着がアナウンスされると、荷物を下ろしたりリクライニングを戻したり、車内はざわざわとした雰囲気になった。車窓はまだ夜のように暗く、街灯や家々の灯りが点々としているけど、東の空を見つめると微かに明るくなりはじめている。
日の出時刻までは小一時間あるいっぽう、駅から海岸までは約1kmの道のりで、歩いても15分ほどのことと余裕がある。寒さに備えてダウンジャケットを着込み、車内からほとんどの乗客がいなくなったころ列車を降りた。

早朝のローカル線とは思えないほどごった返す駅を出た人たちは、足早に海岸方面へと消えていく。初めて訪れる土地なので道はよくわからないけど、前をいく人についていけばいいだろうと、地図を確認することもなく人影を追いかける。街灯のまばらな暗い道路に歩道はなく、同じ目的らしき車が忙しそうに追い越していくので、あまり歩きやすいところではない。
それにしても行けども行けども海がみえてこない。それに加えて燃えるように染まりはじめた空が正面側ではなく左側にある。なんだかおかしいので初めて地図で確認すると、見当ちがいの方に向かっていることに気がついた。

刻々と明るくなる景色に気を揉みながら先を急ぎ、最短の道順でいった場合に比べて倍くらいの歩数と時間をかけて太平洋に面した砂浜に出た。見渡したところ数百人といった規模の人出があるけど、夏になれば海水浴場にもなる広大な砂浜だけに、混雑しているという感じはなくゆったりしている。冷え込んでいるけど風がほとんどないので寒さは気にならない。風がないので波もとても穏やかだ。気になる天候は水平線までまったく雲のない快晴で、絶好の初日の出日和であった。
どこにしようか迷いながら砂浜を下っていき、周りに誰もいない波打ち際に立ってその時を迎えた。例年であればざわめきと共に迎えるところだけど、聞こえるのは静かに寄せる波の音ばかりという厳かな日の出であった。

太陽が直視できないほど眩しくなったら海岸をひと歩きして千倉駅に戻り、初日の出鑑賞から帰る人たちで混雑する普通列車に乗り込んだ。
(2025年1月1日)
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