氷見線 全線全駅完乗の旅 1日目(高岡〜伏木)

氷見線の旅 路線図

目次

プロローグ

9月最初の旅は富山県中部を走る氷見線へとやってきた。

氷見線は高岡から氷見までを結び、距離にして僅か16.5km、駅数にすると8駅という短い路線だ。短いながらも変化に富んだ車窓が楽しめる路線で、高岡の市街地から、能町や伏木といった工場・港湾地帯を通り抜け、風光明媚な富山湾沿いを氷見へと至る。

この位であれば1日で全駅完乗も可能だが、8駅を1日で回ると慌ただしい事になるので、2日かけてゆっくりと回ってみる事にした。そこで1日目となる今回は、氷見線の起点である高岡駅から、路線のほぼ中間に位置する伏木駅までを巡ることにした。

高岡たかおか

  • 所在地 富山県高岡市下関町
  • 開業 明治31年1月2日
今回の乗車記・旅行記の路線図
高岡駅の古城公園口(北口)
高岡駅の古城公園口(北口)

2016年9月10日の午前8時半、青空の広がる秋晴れの高岡駅に降り立つ。秋とはいっても9月もまだ半ばとあってか、少し歩けば汗ばんでくる陽気だった。

高岡駅は交通の要衝とあって、通過や乗り換えで利用する事は頻繁にあるのだが、実際に下車するのは実に二十数年ぶりで随分と久しぶりだ。氷見線・城端線・あいの風とやま鉄道線と、3つの路線が乗り入れる構内は7番線まであり広々している。

列車から降りると人波に流されるようにホームから駅舎へと向かう。数年前に建て替えられた新しい駅舎は、以前のどこか雑然とした地上駅舎から橋上駅舎に変わっており、昔とさして変わらない雰囲気のホームとは対照的に、近代的な装いに様変わりしている。

南北の出入口を結ぶ自由通路
南北の出入口を結ぶ自由通路

駅舎の2階部分に設置された改札を出ると、そのまま駅の表と裏を結ぶ自由通路に出てどちら側にでも出られる。この通路は外に出ると、駅前の道路を挟んだビルの方まで続いており、駅前を行き交うバスやタクシー、路面電車といった様々な交通機関を見下ろすように見渡せた。

以前の駅前は狭く雑然とした印象だったが、随分と小ざっぱり整備されたものだ。

列車から下車した一団が去ってしまうと、通路の片隅に設置された休憩所で休む人の姿が見られる程度で静かになる。しかし、しばらくするとまた列車が到着したらしく、どっと改札から人が吐き出されてきて、どうにも朝の大きな駅は人の動きが慌ただしくて落ち着かないな。

高岡大仏

まずは氷見線の列車に乗る前に、高岡の街をぶらりと歩いてみる。高岡は富山県第二の都市という大きな街ではあるが、観光地といって思い浮かぶのは高岡大仏と古城公園くらいの物で、実際以前に来た時もそのコースで回って高岡を後にしている。ただ随分と昔の話で記憶も薄らいでいるので、今回もまた高岡大仏から旅を始めて見る事にした。

まずは、どのように行けばいいのか、駅前に設置されていた観光用の地図で場所を確認する。すると思いのほか近くにあり、こんなに近いなら迷いようもないだろうと、大体の見当をつけて歩き出す。

適当に選んだ道沿いには小さな商店や住宅が立ち並び、昔ながらの生活感を感じられるいい街並みだ。まもなく住宅に囲まれるように神明社しんめいしゃという小さな神社が現れ、小さいながら趣のある拝殿へと伸びる参道脇では、掃き掃除をするおばちゃんの姿があり、その朝らしい雰囲気に吸い込まれるように立ち寄る。

趣のある神明社の拝殿
趣のある神明社の拝殿

拝殿の前まできて賽銭をと思い財布を探すと見当たらない。あたふたとバッグの中を引っ掻き回していると、通勤途中とおぼしき人が脇を通り抜け、軽く手を合わせ去っていく。なんだろう、この身近に神社がある光景は何だか良いな。

無事財布も出てきて参拝を済ませると、再び適当に方角の見当を付けて、あっち行きこっち行きと進んでいく。我ながらいい加減だと思いつつもウロウロしていると、突然目の前に大仏様が現れる。その唐突な出現に「アレっ?」となってしまった。

市街地の中に現れる高岡大仏
市街地の中に現れる高岡大仏

街中にある大仏だという印象は残っていたが、本当に住宅や商店に取り囲まれるように鎮座している。その佇まいは鎌倉や東大寺の大仏とは違い、実に庶民的な感じがして悪くない。

周囲では高岡大仏祭りの準備をするおっちゃんと、ベンチに腰掛けて読書をする兄ちゃんがいる程度で、あとは2,3人の観光客がたまに姿を表す程度という静けさだ。高岡大仏祭りでは1年間の汚れを拭き取る「お身ぬぐい」という行事があったり、提灯の並ぶいつもとは違った光景が見られるようだが、まだ10日以上先の話である。

高岡大仏には大佛祭の提灯が並ぶ
高岡大仏には大佛祭の提灯が並ぶ

この高岡大仏の台座内部には、仏画の並ぶ回廊が円を描くように配されており、一周して出てこられる構造になっている。

中に入って薄暗い回廊を半周ほど進むと、回廊の中心にある小部屋への入口があり、明治33年の大火で消失を免れたという、二代目高岡大仏(現在は三代目)の大きな木造の仏頭が安置されている。その存在感には一瞬ドキッとしてしまうが、仏頭やその周囲に配されている十二光仏の姿など、印象に残っていた場所なので何だか懐かしさも感じる。

関野神社を探して迷走

まだ9時前と時間も早いので近くに立っている観光地図に目をやると、駅の近くに関野せきの神社という大きな神社があり、これは駅に戻りがてら立ち寄れてちょうど良さそうだ。すぐ近くには桜の名所としても有名な高岡古城公園があり、以前にここに来た時はそちらへ向かったのだが、そこは次の越中中川駅からが近いので後で行く事にする。

さて目的地も決まって意気揚々と歩きだしたのだが、まもなく目の前に現れたのは後に回したはずの高岡古城公園…。

まさかいきなり道を間違えるとは思わず、慌てて高岡大仏の前まで戻ってきて改めて地図を頭に叩き込む。そして再び歩き始めた道は緩やかな下り坂が続く明るい道路で、昭和レトロ感のある建物が建ち並ぶ雰囲気の良い通りだった。

高岡大仏近くの通り
高岡大仏近くの通り

やがて地図で確認したとおりに路面電車の走る大通りに出て、横断した先から徐々に道が狭くなってくる。そろそろ関野神社かなと思ったが、突き当りに現れたのはどう見ても神社ではなく寺であった。

「あれ?」

一瞬どういう事なのか混乱してしまったが、あろうことか見当違いな方向に歩いてきている事が判明して、まさか2回も連続して道を間違えるとは間抜けすぎる。

改めて関野神社へと向けて、子馬出町こんまだしまちという何と読むのかちょっと考えてしまう町を通り抜ける。道の両側には明治から昭和初期といった面持ちの木造商家や、レンガや石造りといった建物が建ち並び、歴史を感じさせる美しい街並みだった。道に迷ったおかげでちょっとした掘り出し物に出会った気がする。

守山町付近の街並み
守山町付近の街並み

再び路面電車の走る通りに出ると線路伝いに高岡駅の方に向かう。交通量が多くて騒々しいのが気に入らないが、あまり変な道に入ってこれ以上迷っている時間もなくなってきたので、高岡駅まで通じている路面電車沿いに歩くのが一番だ。

これで完璧だと思ったのも束の間、しばらくして現れたのは高岡駅ではなく高岡古城公園の文字。なんという事だろうか線路伝いに逆方向に歩いてきており、方向音痴もここまで酷いと笑えてくる。

結局右往左往している内に氷見線の列車時刻が迫ってきており、関野神社はまた今度にして小走りに高岡駅に戻った。氷見線は次の9時43分の列車を逃すと11時過ぎまで空白時間になっており、これを逃すわけにはいかないのである。途中家々の隙間から関野神社の鳥居がチラッと目に入り、行かないと決めた途端に現れるんだからなあ。

気温はグングンと上がってきており、氷見線のホームに降りる頃には頭から汗がしたたっていた。既に乗車を終えて人気のないホームには、お客を満載した1両編成の氷見行き535Dが待っており、発車まであと3分と危ない所だった。

氷見行き 535D
氷見行き 535D

車内は10時近いこんな時間だが学生が多く、そこに観光客も加わり非常に混雑している。何とか後ろのドア横に立っていると、発車間際にも数人乗り込んできてまさしく寿司詰めである。

まもなく発車すると大きく左にカーブして富山湾の方向へと進路を取り、延々と続く住宅地の中を進んでいく。のんびりとハットリくんの声で観光案内が流れているが、こちとら混雑で車窓どころではない…。

越中中川えっちゅうなかがわ

  • 所在地 富山県高岡市中川一丁目
  • 開業 大正5年4月1日
完乗状況の路線図
越中中川の木造駅舎
越中中川の木造駅舎

高岡の隣とは思えない古い木造駅舎が残る越中中川に到着する。ワンマン列車なので前降り後乗りだが、この混雑する車内をどうやって前へ行ったらいいんだとツッコミたくなったが、幸いにして有人駅なので後ろのドアからも降りる事ができた。

ようやく混雑から開放されたと思いきや続々と学生が降りて、ホームでもまた人混みに揉まれる。ゆっくり駅も見たいので隅でやり過ごしてから最後に改札に向かうと、委託駅ではあるが改札業務もしており、きっちりと切符の日付まで確認していたのが印象的だった。

木造駅舎は外観全体が何ともカラフルに彩られており、近くにある高岡工芸高校デザイン科の手によるものだそう。内部は一体どうなっているのかと思ったが、こちらはどことなく安っぽさも漂うリフォームがなされた平凡な作りだった。ただ清掃は行き届いているので雰囲気は良かった。

改装された駅舎内
改装された駅舎内

大勢の学生は瞬く間に去っていき、後に残っているのは何をしているのか窓口内でパソコンに向う駅員と、駅前でスマホに興じる少年だけであった。

高岡古城公園と射水神社

ここでは先ほど二度も近くまで行った高岡古城公園に向かってみる。高岡古城公園はその名の通り、高岡城の跡を利用して作られており、東京ドーム4.5個分という広大な敷地を有している。

駅のすぐ高岡よりに線路を跨ぐ陸橋があり、ここからは駅構内がよく見える。大正時代の開業でしっかりした木造駅舎まである駅だが、構内はホームが一面あるだけという小じんまりした構造だ。どこかアンバランスさがあるが元々はもう1面ホームがあったようで、今は駅裏に作られた緑地の一部になってしまい殆ど痕跡は残っていない。

構内はホームが一面あるだけ
構内はホームが一面あるだけ

陸橋で線路を越えるて先へ先へと進むが、どこまで行っても市街地が広がるばかりで、さっきは行く気もないのに現れた古城公園が見当たらない。これはまさかと念のために地図で確認すると、見事に逆方向に歩いてきており、そもそも線路を越える必要などなかったのである。

これで今日は何度目の迷走だろうか、急いで引き返して再び線路を越えて先へ進むと、あっさりと高岡古城公園が現れた。

高岡古城公園の入口
高岡古城公園の入口

緑あふれる園内に足を進めると、まずは小竹薮広場と呼ばれる桜の木に囲まれた芝生の美しい広場が現れる。周囲にはキャッチボールをする親子や、雑談に興じるお年寄りなどが散見され、休日の公園らしい景色が広がっていた。

芝生の広がる小竹薮広場
芝生の広がる小竹薮広場

園内には遊歩道に加え様々な施設があるのだが、まずは公園のほぼ中央、本丸跡にある射水いみず神社へと向かう。射水神社は富山県に四つもある越中国一宮の一つで、その中では最も社格の高い神社だ。ちなみに氷見線の沿線では、越中国分駅の近くにある気多けた神社も越中国一宮の一つである。

さて本丸跡は周囲を水濠すいごうに囲まれており、小竹薮広場からは朝陽橋という赤い太鼓橋を渡って立ち入る。橋のあたりは深い緑に囲まれており、とても市の中心部が近いとは思えない場所で、こんな公園が近くにあるのは羨ましいところだ。

緑に囲まれた遊歩道
緑に囲まれた遊歩道

本丸跡にやってくると半分は射水神社になっているが、もう半分は広大な芝生広場になっており、広い上に人気がほとんどないので何とも開放感のある場所だ。ゆったりと歩いていると、すぐ隣にある射水神社にある弓道場から威勢のいい大きな声が聞こえてくる。

射水神社の前までやって来ると、どこか金属製のような独特な風合いをした鳥居が目を引く。高岡は銅器の街だから銅製だったりしてなと思っていたら、本当に銅板で覆ってあるそうだ。

射水神社
射水神社

鳥居をくぐり境内に立ち入ると、大きな手水舎や神明造りの社殿があり、さすがに規模の大きな神社だ。ここにも二十数年前に訪れた事があるのだが、こういった施設に関する記憶はまったく残っていない。その時は雪化粧したモノトーンの世界だった上に周囲には人影もなく、しっとりと落ち着いた神社という印象だけが残っていたが、今回は夏を思わせる陽気に人の姿もあちこちにあり正反対の印象を受けた。

射水神社の拝殿
射水神社の拝殿

建て替えて間がないらしく、手水舎も拝殿も新しい感じがする。参拝を済ませると、拝殿のすぐ隣にある社務所に向かい御朱印を頂くが、珍しく先客がおり順番待ちとなった。

射水神社の御朱印
射水神社の御朱印

同じルートから戻るのも芸がないので、帰りは公園の周囲に広がる大きな水濠沿いを歩いてみる事にする。本丸広場の脇を通り抜けて水濠に向けての下り坂に差し掛かるが、これが想像以上の急斜面になっており、本丸跡と水濠の間は崖のような状態になっているのであった。

水濠まで斜面を下ってくると本丸橋という、そのままの名前の橋がかかっている。この橋の上からは築城当時の状態で残るという大きな水濠と、その周囲を取り囲むように立ち並ぶ家並みを見渡せて、広がる青空と相まって開放的な眺めだった。

本丸橋から眺める外濠
本丸橋から眺める外濠

公園を後にして早歩きで駅に向かっていると、歩道上にあった謎の突起を思い切り蹴ってしまい指が痛いのなんの。タンスの角に小指をぶつけたような状態を、まさかこんな場所で味わう事になろうとは…。

駅に戻ると待合室には何人か学生が居たので、そのままホームに出て列車を待つ。このホームは向かい側が緑地になっているおかげで、街中にしては緑が鮮やかな場所になっている。

10分ほどしてやってきたのは氷見行きの普通537Dで、先ほど乗車したのと同じ車両だった。公園をウロウロしている間に氷見まで往復して、再び氷見に向かっているようで、日中はこんな感じで行ったり来たりしているのかな。

氷見行き 537D
氷見行き 537D

車内の方はまた混雑しており満席状態だった。例によってワンマン列車なので下車しやすい位置が良いだろうと、前側のドアから乗車してそのままドア横に立っていく。

能町のうまち

  • 所在地 富山県高岡市能町
  • 開業 明治33年12月29日
完乗状況の路線図
能町駅の木造駅舎
能町駅の木造駅舎

大きな木造駅舎と広い構内を持った駅ではあるが、それらの大半はJR貨物が利用しているものであり、氷見線では初めてとなる無人駅だ。ワンマン列車ではあるが運転手は切符の確認をするでもなく「はいどーぞ」な感じで割りと適当である。下車したのは自分だけで、乗車したのもJRの保線作業員らしき人だけだけだった。

広々とした駅構内には何本もの側線が並んでおり、もう随分と昔になるが貨物列車の発着していた時代にこの辺りまで来た事を思い出す。当時は貨車が並び活気の感じられた構内だったが、今では草や錆に覆われたレールが並ぶだけの寂しい雰囲気に変わっており、貨車どころか人の姿すら見当たらない。

錆びたレールの並ぶ駅構内
錆びたレールの並ぶ駅構内

この駅には跨線橋といった物はなく、ホームの端からスロープで線路の高さまで下りて、そのまま線路を横断して駅舎に入る。いわゆる構内踏切という奴で、安全性の事もありどんどん姿を消しているが、楽にホームに行けるという点ではこれが一番だったりする。

簡素な構内踏切
簡素な構内踏切

大きな駅舎なので待合室もそれなりに広いかと思う所だが、これが想像以上に狭い待合室で、申し訳程度に設置されたベンチでは、高岡行きの列車を待っているのか読書中の若い女性が居た。この古びた駅舎とはどこかアンバランスな存在で、スマホではなく読書というのが今では何だか新鮮に映る。

狭いだけに読書する前をウロウロするのも何だか気が引けるので、そのまま駅舎を通り抜けて駅前に出る。振り返ってみると表には3つも入口が並ぶ面白い構造で、駅舎の大半はJR貨物が使用しているらしく、そちらへの出入口になっているようだ。見れば見るほどに実用的に増改築を繰り返した感が漂う駅舎である。

庄川までひと歩き

この辺りには特に観光地も見所らしい所もないようだが、東に庄川しょうかわ、西に小矢部川おやべがわという大きな川が流れている。どちらかへ行ってみようと考えたが、小矢部川の方は昨年末の旅で河口付近を渡っている事や、世界遺産の白川郷や五箇山を流れ下ってきた庄川の方に魅力を感じたので庄川に決定。

能町駅舎は庄川の方に向かって建っているので、駅前の通りを真っ直ぐ歩いて行く。駅の周囲は住宅しかないと思いきや、駅から僅かの場所にそば屋があった。時間があればここで食事にするのも良いかもしれない。

閑静な住宅地の中を歩いていると、八幡社はちまんしゃという小さな神社があったので立ち寄る。拝殿は近年建て替えられたのか新しく造形も美しいのだが、何対策なのか全体がガラスで囲われており、見た目的にはちょっと微妙さも。とはいえ近江塩津で立ち寄った下塩津神社の、シャッターで囲われた拝殿に比べたらずっと良いが…。

ガラスで囲われた八幡社の拝殿
ガラスで囲われた八幡社の拝殿

せっかく立ち寄ったのだから、ガラス戸を開けて中に入り参拝をしていく。開けっ放しにする人が居るとみえて「必ず閉めてください」「開放厳禁」といった文字が目に留まる。

やがて周囲は住宅地から工場地帯へと変わってくるが、休日だからかこちらも住宅地のように静かで活気が感じられない。工場の間を通り抜ければいよいよ堤防道路に出て、徳島の吉野川堤防で、ひっきりなしに車が来て渡れなくて困った記憶がよみがえってくる。ここは幸いにして交通量こそ多いものの、切れ間も多いので難なく横断できた。

青空の広がる庄川
青空の広がる庄川

堤防上からは青空の下を悠々と流れる庄川を見渡す事ができ、周辺には高い建物もないので広々と開けて開放的な場所だ。広々とした河川敷には沢山の小さな畑が広がり、あちらこちらで収穫に勤しむ姿が見られ、のどかな秋の日といった景色であった。

畑の広がる庄川河川敷
畑の広がる庄川河川敷

しばし庄川を眺めてから来た道を引き返す。ぼんやりと川でも眺めているには良い気候なのだが、足早に駅に向かっていると一気に汗ばんできて、9月というのはまだまだ暑い。ちょうど昼になるので駅前のそば屋にでも入ってみるかと思ったものの、次の列車の時間が迫っていたので素通りして駅に急いだ。

待合室ではまださっきの女性が読書をしていたので、こちらも素通りしてホームに向かい列車を待つ。まもなくやってきたのは氷見行きではなく高岡行きで、さっき乗車した車両であり本日3回目の対面だ。ドアが開くと意外にも学生がドッと下車してきて、静かだった駅が一瞬だけ賑やかになった。

程なくして氷見行きの下り列車も現れ、当駅ですれ違いとなる。やってきたのは今日初めて見る車両であり、初めて見る2両編成の列車だった。これならやっとで座れそうだと思ったものの、車内は観光客らしき人たちで満席で残念、すぐに降りるとはいえゆっくり座って景色を眺めたいものである。

氷見行き 539D
氷見行き 539D

次の伏木駅が有人駅なのは知っていたので後ろドアから乗車すると、そのまま後ろドアの横に立っていく。混雑するワンマン列車が続くが、うまい具合に有人駅と無人駅が交互に現れるので、有人駅では前ドアから乗車、無人駅では後ドアから乗車して、後はそのまま立っていれば乗車したドアから下車できて効率が良い。

能町を出ると右手に貨物線が分岐していき、まもなく先程は行かなかった小矢部川を渡る。倉庫や工場を車窓に眺めつつ、貨物用の錆びついたレールが沢山見えてくればもう伏木だ。

伏木ふしき

  • 所在地 富山県高岡市伏木古国府
  • 開業 明治33年12月29日
完乗状況の路線図
伏木駅の駅舎
伏木駅の駅舎

この駅はしっかりとした駅舎を持つ有人駅で、氷見線の途中駅では唯一みどりの窓口まであり利用者が多そうに見えるが、下車したのは自分以外には学生が1人だけであった。

ホームは幅の広い島式で、その大部分が鉄骨を使った大きな上屋で覆われている。幅は広いが長さは短いので、どこかずんぐりとした印象を受けるホームだ。駅舎へは木材を使った古びた跨線橋で渡り、跨線橋を降りたあたりの駅舎と線路の間には、石灯籠もある大きな庭園があるのだが、荒れるに任せた状態なのがちょっともったいない。

ホームから眺める庭園と駅舎
ホームから眺める庭園と駅舎

駅舎に入ると高い天井で開放感があり、みどりの窓口や観光案内所のようなものが併設されている。さらにガラス戸で区切られた大きな待合室には沢山のベンチが並んでいて、自販機置き場と化したキヨスクの跡があった。かつては凄く賑わったんだろうなあと思わせる作りの駅なのに、まるで人の気配が感じられなくて栄枯盛衰という言葉が思い浮かんでしまう。

駅前に出るとこちらもタクシーが1台停まっているだけで静かなものだった。

勝興寺

まずは駅前から大きく標識が出ていて、ここ伏木では最も有名と思われる勝興寺しょうこうじに向かってみる。駅前から伸びる道路を標識に従い進むと、すぐに上り坂に差し掛かり、道路は観光地らしく美しく整備されていた。

勝興寺へと続く坂道を上っていると、左手に古びた木造平屋建ての、どこか木造駅舎を思わせる建物が現れる。脇にはこれまた古そうなコンクリート造り三階建の塔が立っていて、その趣のある佇まいに思わず立ち寄ってしまう。

ここは明治時代から気象観測を行っていた旧伏木測候所で、明治42年建築という歴史ある建物は伏木気象資料館になっていた。ただ残念ながら長期休館中という事で、外観を眺めただけで立ち去る。

工事中の伏木気象資料館
工事中の伏木気象資料館

坂を上りきると正面に勝興寺が見えてくるが門がなくそのまま境内に入っていく、本来ある総門は工事のために移動してあるそうだ。敷地に入ったすぐの場所には観光バスが1台停まっていて、今回の旅では初めて観光客らしい団体に遭遇した。

まずは受付で工事協力金300円を支払う、何気なく来たので知らなかったが今は平成の大修理として、実に22年間もかけた修復復元工事の真っ最中であった。

受付を過ぎて最初に現れるのが、檜皮葺きひわだぶきの大きく風格ある唐門からもんで、京都の興正寺こうしょうじから移築されたもので実に250年近い歴史がある。唐門は修理工事が終わったばかりという事もあり美しい姿であった。

荘厳な勝興寺唐門
荘厳な勝興寺唐門

唐門をくぐると巨大な本堂があり、その想像以上の大きさには圧倒される。全国の重要文化財建造物では8番目の規模というだけの事はある。

勝興寺本堂
勝興寺本堂

本堂にに上がらせてもらうと内部も荘厳な作りであった。片隅にヘルメットをかぶった一団が居て、どうやら表に停まっていた観光バスの団体らしく、これから修復工事の様子を見学に行くようであった。

一行が裏手の方へ去ってしまえば、広い本堂には話に夢中のおばちゃん2人と、ひとり旅らしい女性が1人居るだけとなった。沢山並べてある椅子に座って休んでいると、いい風が吹き込んできてなんとも心地よく、昼寝をしたら気持ちよさそうな場所である。

ここ勝興寺には七不思議というものがあり、それぞれに興味を引かれる名がつけられている。

  1. 実ならずの銀杏
  2. 天から降った石
  3. 水の涸れない池
  4. 屋根を支える猿
  5. 魔除の柱
  6. 雲龍のすずり
  7. 三葉の松

いくつか回ったが、中でも実ならずの銀杏と呼ばれる、本堂の前に立つ大きな銀杏の木が青空に映えて美しく気に入った。大きな木は好物の一つであり、見かけるとつい足を止めてしばらく見上げてしまう。

実ならずの銀杏
実ならずの銀杏

大部分が工事中で本来の姿を見れなかったのは残念で、いずれ工事が終わったら再訪したい。とはいっても復元工事が終わるのはまだまだ先で、4年後の2020年ということだった。

伏木北前船資料館

近くには伏木北前船資料館という施設があり、勝興寺の前には既に標識が出ているのでそちらへと向かう。この辺りの通りは特に観光化もされていない普通の街並みで、知らない街のこういった場所をぶらぶら歩くのは楽しい。

やがて明治・大正期の建築と思われる、随分と古くて趣のある建物が現れて、これは凄いなあと撮影をしていて気が付いた、これが伏木北前船資料館である事に。今日は朝から道に迷うばかりだったが、今回は珍しく特に探すでもなくあっさり到着してしまった。

伏木北前船資料館
伏木北前船資料館

建物に入るとまずは受付があるので入館料の210円を支払う。これから勝興寺にも行くか聞かれたのだが、どうやら共通券があるらしく残念。駅前には勝興寺の文字があり、勝興寺の前には伏木北前船資料館の文字があるのだから、必然的にこの順番で回ってしまうのだよねえ。

まずは受付の前で靴を脱いで母屋の見学から始める。先客は一人だけで殆ど貸切状態だったが、職員の説明を受けながら周っているので自然とこちらにも、建物や伏木の歴史についての内容が耳に入ってくる。こういった歴史ある屋敷で説明を耳にしていると、どこか香川県の引田で立ち寄った讃州井筒屋敷を思い起こさせる。

内部は北前船資料館という名前の通り、北前船の資料が沢山展示してあり、それに加えて当時の生活道具といった物も等も展示されていた。

母屋に残されていた古い電話機
母屋に残されていた古い電話機

母屋の後は建物の裏手にある衣装蔵と調度蔵という2つの蔵へと向かう。この蔵の上部には資料館の建物の中でも特徴的な存在となっている望楼があり、まずはここに上がってみる。

望楼への入口は狭い簡素な階段になっており、一段一段踏みしめるごとにギシギシと音を立てるから、踏み抜かないか心配になるような階段で、頭上も頭をぶつけそうな低さだった。たどり着いた二階部分はちょっとした小部屋になっており、ここから望楼へはハシゴよりはマシという程度の急で狭い階段が伸びている。バッグが引っかかって身動きが取れなくなりそうになりつつも上がった望楼は、畳二枚分程度の狭い部屋で、障子の開けられた窓からは伏木の街を見渡すことができた。僅かながら海も見えており、かつてはここから港への船の出入りを見張っていたという話だ。

望楼は入口も内部も隠れ家のような場所で、ここに引きこもって作業でもしたら捗りそうだ。

望楼から母屋と氷見方面を眺める
望楼から母屋と氷見方面を眺める

最後に蔵の内部に入ってみると引札ひきふだという、江戸時代から大正時代にかけて用いられたというチラシが大量に展示されていて、これは実に見ごたえがあった。ゆっくり見ていたいが蔵だけあって風通しが悪く、見て回っているだけで汗が滴ってくるのには参った…。

蔵の中に所狭しと並ぶ引札
蔵の中に所狭しと並ぶ引札

何気なくやってきた伏木北前船資料館だったが、思った以上に面白い施設で、210円以上の価値があるように思う。

街歩きで時間つぶし

そろそろ高岡に戻ろうかと駅に戻ってくるが、ちょうど列車の時間が空いている時間帯で、次の列車まで1時間もある。昼飯にすればちょうど良いのだが、この街は住宅や小さな商店はあれど、なぜだか食堂のような物がまったく見当たらないから困る。

駅でじっとしていてもしょうがないので、街中の散策に出かける。

伏木市街を走る氷見線
伏木市街を走る氷見線

せっかく港町へ来たのだから海でも見ていくかと、市街地をぶらぶらと通り抜けて港の方までやってくる。海が近いと見えて草むらには廃船なのか小舟が転がっていたりするのだが、なぜだか海は拝めず右往左往するばかりであった。

伏木港の近くの草地に転がる小舟たち
伏木港の近くの草地に転がる小舟たち

結局海は諦めて適当な道を歩いていると、古い洋風の建物が現れて思わず足が止まる。これは明治43年建築という旧伏木銀行の建物で、駅前の高台にあった伏木測候所とほぼ同時期の建物だった。何というかここは街中を歩いていると、何気なく歴史的に貴重な建物が残っている所である。

洋風な木造二階建ての旧伏木銀行
洋風な木造二階建ての旧伏木銀行

ようやく駅に戻ってくると相変わらず閑散としていたが、列車の時刻が近づくとパラパラと人が集まってきて最終的には10人程度にはなった。

最初にやってきたのは高岡行きではなく、氷見行きの観光列車「べるもんた」で、車内を見ると概ね席は埋まっていて好調のようである。ホームに居た人たちがスマホで撮影をしており、結構人気がある様子。

まもなく本日の最後の列車となる高岡行きの普通540Dもやってくる。先ほど能町から乗車した車両で、車内は相変わらずの満席状態であった。

伏木駅に入線する高岡行き 540D
伏木駅に入線する高岡行き 540D

エピローグ

完乗状況の路線図

帰りの高岡行きは途中駅での下車というものは殆どなく、伏木からずっとドア横に立ったままであった。思えば今日の氷見線では一度も座っておらず、氷見線ちょっと混雑しすぎで、途中駅での乗降が殆どないから、始発から席を確保しないとまったく座れない。

高岡駅に到着した 540D
高岡駅に到着した 540D

帰りはゆっくり景色でも眺めたかったが、往復ともにドア横に立ってばかりだったので、何だか沿線風景については殆ど印象に残らないままに高岡駅に戻ってきた。

(2016/09/10)

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