2021年1月1日、元日の朝を徳島市内で迎えた。暖かな布団をどうにか抜け出し、静寂と冷気に包まれた街を徳島駅に向かう。冷凍庫を思わせる寒さは堪えるが、空には眩しいほどの月が浮かび、晴れているという確信から足取りは軽い。
目的地は徳島から南下すること約20km、紀伊水道を挟んで和歌山県と向かい合う北の脇海岸である。徳島県は四国の東部にあるので初日の出を迎えるには適してそうなのだが、始発列車で間にあう東側の開けた山頂もしくは海岸、となると場所は限られる。北の脇海岸は数少ない適地のひとつである。
その最寄りとなる見能林駅までの切符を手に、牟岐線の始発列車に乗り込む。乗客の姿はなく運転手だけが忙しく動いている。車内はコロナ対策で換気をしているのか、単純にまだ暖まっていないだけなのか、そこはかとなく肌寒かった。
これといった案内放送もないまま列車は動きはじめた。ゆるゆる加速しながら徳島駅を抜け出していく。時計に目をやると5時43分で定刻通りである。
車窓には夜の帳が下りたままで、いくつもの灯りが流れていく。ほとんどの駅に人の気配はないが、いくつかの駅では1〜2人の乗降があり、牟岐線の中核駅である阿南では高校生くらいの若者が何人も乗ってきた。元日の早朝にどこに向かうのかと思う。
6時25分、見能林に到着すると10人くらいが席を立った。どこに向かうのかと思っていた若者たちも降りてしまう。どうやら目的は同じらしく全員が海岸方向に去っていく。手間のかかる鉄道で向かう同士がこんなにいるとは意外だった。もっとも鉄道利用にこだわっているのは私くらいのもので、車に乗れないから仕方なくといった風ではある。
彼らを追いかけるようにして駅を発つ。時刻は6時30分になろうとしている。海岸までの所要時間は約30分で、日の出時刻は7時7分なのだから、我ながら無駄のない行程である。
道路は海岸に向けてまっすぐ伸びている。薄暗い景色が広がりコンビニだけが煌々と輝いている。まばらに進む歩行者や自転車を、車やバイクが次々と追い抜いていく。中には騒音を撒き散らす連中もいて実にやかましい。氷点下とまではいかないが相当な冷えこみで、指先は手袋をしていても辛いものがあった。
足を進めるごとに空は明るさを増していく。群青色や紫色などが複雑に混ざり合う青空が美しい。赤く輝きはじめた地平線に期待が膨らむが、それに覆いかぶさるようにして厚い雲が横たわっているのが気がかりだ。
いよいよ北の脇海岸が見えてくると、駐車場は車であふれかえり、道路は路上駐車の車や人波でごった返していた。鉄道で訪れる人は絶滅危惧種といっていいほどの少数派なのだ。顔ぶれを見ると老若男女が取り揃えられ、静かに海を見つめる人から、気勢ならぬ奇声を上げる集団まで様々。数えてはいないが軽く百人以上はいるだろう。
東を向いた海岸なので、太陽は水平線から上ってくることを期待するが、ちょうどその位置に伊島が浮かんでいるため、島から上がってきた。島の上には厚い雲が横たわっているが、うまい具合に島との間に隙間があるため、そこから橙色をした光が差し込んできた。
とはいえ薄い雲があるのか輝きに乏しく、すぐに雲の中に隠れたこともあり、どこか消化不良なものがある。そのせいか帰る人よりも、雲から出るのを待つ人が多い。
私も待つことに決めて約20分、ついに雲の上から太陽が顔を出し、眩しい光がこちらを照らしはじめた。海面はぎらぎらと輝き、浜辺の観衆はシルエットとして浮かび、周囲の人たちの顔が赤く染まる。これこそ待ち望んでいた初日の出だ。
例年であればここで歓声が上がるのだが、今年は不思議なほど耳に入ってこない。考えてみれば先ほども目にした太陽だし、待つのに飽きてしまい、これでようやく帰れるといった気分になっているのかもしれない。
日が当たると気温は変わらないのに途端に寒さが消えていく。護岸上から波打ち際と歩いていると全身が暖まり、冷え切っていた指先にも感覚が戻ってきた。
いよいよ完全に姿を表してしまえば、それはもう普段どおりの太陽でしかなく、文字通り波が引くように人が去っていく。駐車場もすっかり空いている。私もまた引き波に流されるようにして、駅に向けて歩きはじめた。
(2021年1月1日)
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