
2020年1月1日、身ぶるいする寒さのなか早朝の高松駅まで歩いてきた。元日とあってか往来は少なくひっそりしている。暗いなか煌々と明かりを灯しているのは駅とコンビニくらいしかない。時計を見なければ深夜と勘違いするような雰囲気だ。物好きにもこんな状況下で歩いているのは、毎年恒例としている初日の出を眺めるために他ならない。
高松駅に用事はないので素通りして先を急ぐ。今年は洋上で初日の出を迎えることにしたので、駅から徒歩5分ほどのところにある、高松港フェリーターミナルを目指しているのだ。

このようなことになったのは、諸般の事情から大晦日に高松市内に滞在していることが事前に分かっていたため、高松周辺で初日の出を迎えられそうな場所を探したことにはじまる。簡単なことに思えたけど、香川県というのは日の出の方角に山が立ち上がっているため、面白いほどに見つからなかった。そこで目をつけたのが香川県に数多ある航路で、いかに山があろうと沖合に出れば開けるというものだ。日の出時刻にちょうどいい位置を航行している航路を調べると、高松港を6時50分に出る、小豆島は池田港行きに目をつけた。
かじかむ手を暖めながらやってきた高松港にはまだフェリーの姿はなかった。待合室に入るとベンチはたくさん並んでいるけど人影はまばら。小豆島や直島など行き先ごとに窓口が並んでいるがいずれもカーテンで閉ざされている。営業終了を思わせる活気のなさだけど、静かだし暖房は効いているしで過ごしやすく、朝食用に買ってきたおにぎりを頬張った。
6時半になると窓口のカーテンが開いた。乗船名簿はないので700円を渡してチケットを受け取るだけと、バスや鉄道を利用するような簡単さである。ほどなくして待合室の窓越しに近づいてくる白い船体が見えた。

池田港からやってきたフェリーの折り返しのため、車や乗客の下船を待ち、6時40分くらいに乗船開始を告げるアナウンスが流れた。タラップはなく車の出入口から乗船して、車両デッキの傍らにある階段から船室に上がっていく。
まるで渡船のようだけど船室はそれとは比べ物にならないほど広い。リクライニングシートがずらりと並べられ売店も用意されている。うどんまで扱っているのが香川県らしい。設備は充実しているけど利用者は少なくて空席ばかりが目立っていた。
出港時刻まで間がないので甲板に出ると、東の空は群青色や紫色、それに橙色などの混ざり合う複雑な色に染まりはじめていた。長距離フェリーだと出港時の甲板は賑やかだけど、ここではたまに1人か2人が現れる程度でしかない。
ゆっくりと離岸した船体は速度を増しつつ暗い海を進む。東側では台形をした屋島が薄紅の空にシルエットを描き、西側では黒々とした海に女木島が浮かぶ。湖を思わせる静かな海面には小さな漁船がぽつんと漂い、遠くには名も知らぬ島影も見え隠れしている。少しずつ変化していく情景を眺めていると飽くことがない。

景色はいいけど吹き抜ける寒風にみるみる体温が奪われていく。空はかなり明るくなっていていつ太陽が現れても不思議ではなく、顔を出した瞬間を捉えたいと思うと船室にひっこむことはできない。自然と檻の中の熊のように行ったり来たりしてしまう。
香川県の日の出時刻とされる7時10分になっても、岬なのか島なのか黒い影にさえぎられ見えそうで見えないが、船体が進むにつれ幕が引かれるように影が移動していき、突如として橙色の太陽が顔を出した。下から上ではなく右から左に現れた感じだった。いつもと変わらぬ日の出だと言われればそうなのだが、ここで得られる満足感はこの日でしか手に入らないものであり、満ち足りた気分で太陽を見つめた。

例年であれば天気予報で元旦の天気を確認してから場所を決めるが、今年は高松と決まっていたので晴れるかどうか一か八かだったし、場所が制約されるフェリーからなので不安もあったけど、すべてが思い描いた通りという幸先の良い年はじめとなった。
それにしても周囲に人影はまばらで、わざわざフェリーに乗船して初日の出を眺めようということが、いかに酔狂なことであるかを実感させられる。
やがて橙色の光が白くなってくるにつれ甲板から人の気配が消えていく。そして直視できないほど眩しくなったところで私も引き上げた。暖かな船室に戻って一息つくころには、目的地の池田港が迫っていた。
(2020年1月1日)
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