目次
プロローグ
2016年7月22日の早朝5時半、高徳線の始発列車に乗るべく高松駅にやってきた。空を見上げれば快晴の青空で、厳しい暑さになることが予想された。
まずは前回到達駅の讃岐津田のとなり、
改札を抜けて列車に向かうと、高徳線の列車はいつも1番線か、その先端の切り欠きに作られた2番線からなのだが、この列車は珍しく5番線からの出発だった。
さすがに5時台とあってはホームに人の気配もなく、車内の先客もわずか2名という状態だ。高徳線の列車はいつも混雑しているので、久しぶりにゆったり快適に移動できると思いきや、ひと駅ごとに乗客は増えていき、やっぱりいつもの高徳線であった。
鶴羽
- 所在地 香川県さぬき市津田町鶴羽
- 開業 昭和36年10月1日
車窓を眺めつつ1時間ばかり列車に揺られると、いよいよ最初の下車駅である鶴羽に到着。ホームには結構な数の乗客が待っており、意外に利用者が多いようだ。
駅の周囲は、山側に田園地帯を挟んで山が迫り、海側は国道11号線を挟んで住宅地が広がるという、海沿いではよくある佇まいの小駅だ。ホームは2面あるだけで駅舎のない造りといい、同じ高徳線の八栗口に何だか似ている。
海沿い散策
ここから先は特にあてもなく、海と山のどちら方向に行くかを考えると、高徳線は海が近いようでいて遠く、中々と海には近寄れないので海を目指す事にする。朝から蒸し暑く歩きはじめると、途端に汗がじっとりとにじんでくる。涼しく快適だった車内とは大違いだ。
駅こそ賑わっていたが住宅地の方は人の気配はなく、目の前を牛が屯している牛小屋や、小さな神社を眺めつつ漁港までやってくる。特に興味を引く物もないので、そのまま海沿いに続く狭い道路をさらに先へと進む。海は朝日が反射して眩しく、沖合には何やら面白い形の島が浮かんでいた。
海沿いを伸びる道路から、砂浜へと続く階段があったので降りてみる。ここの砂浜は砂粒が細かくサラサラしており、まさに砂浜という感じのところだ。最近訪れた海岸はどこも砂浜というより、砂利浜といった感じだったので、久しぶりに砂の上を歩く感触を楽しむ。
波打ち際で時間を潰してから駅へと戻ると既に先客がおり、その後も続々と増えてくる。どうやら鶴羽駅のラッシュ時間帯のようである。やってきた列車は引田行きの普通列車4307Dだ。
丹生
- 所在地 香川県東かがわ市土居
- 開業 昭和3年4月15日
下車すると狭い島式ホームの駅で、通学生の姿もあり一段と狭く感じる。ちょうど古い国鉄型車両の普通列車とすれ違ったので、跨線橋からその様子を眺めつつ駅舎へと向かった。これだけ高徳線の列車に乗っているのに、未だにこの車両には乗車できていないのが不思議だ。
跨線橋と駅舎の間は長い通路で結ばれており、ホームからは何とも大回りをして向かうことになる。いかにもあとから跨線橋を設置しました感が漂っている。
この時間帯だとこういった小さな駅は通勤・通学で乗車する一方で、下車するのは自分くらいと思ったが、先ほど鶴羽で一緒に乗車した人がもう下車していったのが意外だった。こんな小さな駅同士の短距離利用者もいるんだな。
駅舎は改装された木造駅舎で、内部には小さなベンチと券売機があるだけとサッパリしている。もう無人化されて長いようで窓口はカーテンが閉められているどころか、完全に塞がれてしまっていた。
周辺散策
駅の周辺は田畑や住宅が広がるばかりで、特段に何があるという訳でもなく、先ほどの鶴羽に似ている。違うのは向こうは海沿いで、こちらは山沿いといったところか。
朝からの暑さに加えて鶴羽で歩き回ったせいか、さっそく喉が乾くので駅前の自販機で飲み物を買ってから、駅の裏手を流れる小さな川へと向かう。途中で自転車に乗ったおっちゃんとすれ違ったくらいで、ほかには人通りもなく静かな場所だ。
川を小さな橋で越えると、駅裏を伸びる道路から駅を挟んだ反対側にある踏切に向かう。ちょうど特急列車が通過していき、そんな様子を横目に先へ先へと歩いていると、地蔵堂や香川県の旅では定番ともいえる池が現れた。名前の分からない池だが、緑に囲まれた穏やかな様子はなかなかと良かった。
再び駅に向かっていると、通学時間らしく駅に向かう高校生の姿が目に留まるようになる。狭い島式ホームはそんな高校生でなんとも賑やかだ。
見てるとこのあたりの通学は、高松方面と三本松方面の両方に分かれているようだ。そしてやってきた徳島行きの普通列車311Dに乗車すると、こちらの車内も通勤通学客で混雑していた。
三本松
- 所在地 香川県東かがわ市三本松
- 開業 昭和3年4月15日
久しぶりの有人駅である三本松駅は、東かがわ市の中心的な駅であり、みどりの窓口もある周辺では最も大きな駅だ。ちなみにこの後は徳島駅まで、みどりの窓口は存在しない。
通学客と共に列車を降りて駅舎に入ると、久しぶりに見た営業中の窓口が何だか新鮮に映る。待合室も広く、かつてはキヨスクがあったようだが、今は自販機が何台も並んでいるだけとなっている。最近このキヨスクの撤退跡というのをよく見かける…。
どことなく衰退感はあるものの、有人駅というのは同じ駅舎でも手入れがなされていて良いものだ。
駅前に出ると客待ちのタクシーが何台か暇そうにしており、駅舎の方を見ると三本松という駅名にちなんでか、三本の松が植えてあった。
前山公園
あまり大きな街の中を歩くのは好みじゃないので、近くの高台にある前山公園という所を目指してみる。街は大きいのだが朝がまだ早いせいか、それともシャッター街と化しているのか知らないが、歩いている人といえば通学生くらいの物で、あとはシャッターの降りた商店が並んでいた。
しばらく進むといよいよ上り坂に差し掛かり、ここ数日歩きづめで疲労が溜まっている事もあり早々と体がきつく、加えて連日の暑さもあってバテバテだ。
公園は高台にあるからと特に何も考えず黙々と坂道を上がっていくが、行けども行けども公園なんてありゃしない。20分ばかり歩いて、さすがにこれはおかしいと地図を調べると、何のことはない、入口はとっくに通り過ぎているのであった。
無駄に疲労を溜めつつ公園の入口まで戻ってくる、ついさっき目にしたのに、ちょっとした脇道程度にしか見ておらず、全く気が付かなかった…。
整備された遊歩道を上がっていくと、大きな展望台が現れる。まあ大きいと言っても建物自体は水道施設のようで、おまけとして周囲に展望機能を付けただけのようだが。
展望台に上がると三本松の街を挟んで海まで見える。しかし全体的に高さ不足な感もあり、絶景という程ではなく、街を見渡す事はできますよといった程度だ。
公園の方はまだ奥につづいており、せっかく来たことだし何があるのか行ってみる。すると現れたのは、故障中で立入禁止となっている遊具や、水の出ない水飲み場など、何ともパッとしないところだった。
何だか微妙な収穫で駅に戻ってくると、次の列車まではまだまだ時間があるので、とりあえず飲み物を口にしつつ待合室の椅子で一休み。みどりの窓口は営業時間が限られているらしくカーテンが閉められており、途中でお客さんが来てガラスを叩いて呼びかけていたものの、返事はなく諦めて帰っていった…。
祇園神社
三本松の地図を見ていると、駅の裏手の方で二股に別れた道路の間に「祇園神社」という神社があり、その立地に興味が湧いてくる。時間はまだあるし駅から近い事もあり行ってみると、地図で想像した通りの神社があり、こういう小さな神社も良いものだ。
周囲をぶらぶら歩いていると、このあたりは古くからの街なのか、まるで昭和にタイムスリップしたような街並みが至る所に残されている。次から次へと懐かしさの漂う建物が現れ、これは好きな人にはたまらない街並みかもしれないなあ。
どう見ても駅の表側より、裏側の海沿いの方が古くから発展していた様子で、なぜ駅舎は山側に向けて建てられたのだろうか。
一回りして駅へと戻ってくると、駅の向かい側にある「ぶどう餅」の販売店がいつの間にか営業を始めている。せっかくなので買ってみようかと思ったが、この暑さで飲み物にしか口にする気が起きず結局やめておく。
次の列車は引田行きの普通列車4319Dだ。ここ三本松で8分も停車するので、冷房の効いた車内でのちょうどよい休息時間となった。
讃岐白鳥
- 所在地 香川県東かがわ市松原
- 開業 昭和3年4月15日
列車は駅舎とは反対側の2番線に到着する、特急列車の通過待ちでしばらく停車するようだ。その様子を跨線橋の上から眺めてから駅舎に向かう。
ここは開業当時からあると思われる木造駅舎で、古いが内外ともに改装されて随分とスッキリしたデザインになっている。一部の特急も停車して有人なのかと思ったが、無人駅で窓口にはカーテンが閉められていた。それでも最近までは有人だったようで、全体にキレイな状態は保たれていた。
駅前に出ると正面に伸びる2車線の道路が、僅か数十メートルにしてキレイなY字に分岐しているのが面白い。なぜこの形になったのか考えてしまう。
白鳥神社
近くには大きな
わずか数分で白鳥神社の参道に出る。ここで右折すれば白鳥神社なのだが、ふと左側を見ると高徳線と国道を挟んだ向こう側に大きな鳥居があり、その先には延々と続く松並木があるではないか。これは向こうから行くべきだろうと、ちょいと寄り道。
それから改めて白鳥神社へと向かい鳥居を眺めていると、背後の民家からおばちゃんが出てきて「どこから来たねー」としばし立ち話。昔は西の金毘羅さんとして賑わったそうだが今はすっかり寂れてしまったそうで、確かに広々とした境内には殆ど人気ななかった。
まずは拝殿へと向かい、参拝を済ませてから社務所に向かう。御朱印をいただこうという訳なのだが、何やら社務所の前に「日本一低い山」という気になる看板が…。
日本一低い山といえば大阪の
社務所に行き御朱印をいただきつつ、日本一低い山を称するようになった経緯を聞いていると、まだ行ってもいないのに登山証明書までもらってしまった。もらった以上は行くしかねえなぁと神社の奥へと足を進める。
拝殿の裏に行くと、そこには巨大な
さてさて神社の裏手には来たものの、ただ松林が広がるばかりで一体どこが山頂なのか全然わからず、さすがの低さである。
しばらく徘徊して見つけた御山山頂は、石柱が建っていなければ素通りしそうなところだった。一応ここが周辺で一番高い場所になるようだが、まさに町おこしのネタという感じである。
続いて神社の近くにある「みなとや」という和菓子屋さんへ向かい、登山証明書にスタンプを押してもらう。するとここで思いがけず、ぶどう餅をいただき、三本松で買わなかったが意外な形でに手に入った。
駅へ戻ると自販機で飲み物を購入して、ぶどう餅をつまみに一休みだ。まもなくやってきた徳島行きの普通列車4323Dに乗車する。何だか予想外に色々とあって面白い町だった。
引田
- 所在地 香川県東かがわ市引田
- 開業 昭和3年4月15日
列車から降りるとホーム上にたくさん並ぶ、花の鉢植えが鮮やかで、ちゃんと管理されている駅だというのがよく分かる。こうやって人の手が入っている駅というのは、それだけで温もりがあっていいものだ。
構内は3番線まであり、側線も並ぶ広い構内を持った駅で、三本松から3駅連続しての特急停車駅でもある。
駅舎に入ると待合室部分には喫茶店が入居しており、おかげで待合室はとても狭いことになっている。窓口にはカーテンが降ろされており、ここも無人化されているのかと思いきや、三本松と同じく時間帯を区切って営業しているようだ。
何気に観光地らしくレンタサイクルの扱いがあり、高徳線の駅で初めて見た。
周辺散策
引田から先は一気に列車の本数が少なくなる関係で、半ば強制的に時間がたっぷりとあり、レンタサイクルで回るのもいいかなと思ったが、それはそれで写真を撮りながら回るには不向きなので、やはりいつも通りに歩いて回る事にする。
駅から少し歩くと
その後は古い町並みの看板に惹かれて進むと、古い屋敷や郵便局が現れ、人通りの少なさも相まって雰囲気のいい通りが続く。引田の街は天然の良港として古くから栄えたようで、昭和の雰囲気が漂う三本松より、さらに一昔前といった雰囲気の街だ。
讃州井筒屋敷
この辺りでメインの観光施設と思われる
屋敷内を勝手に見て回るだけかと思いきや、ガイドによる説明付き。おかげでこの屋敷から引田の歴史に至るまで、さまざまな興味深い話を聞くことができた。
座敷から屋根裏、そして茶室と見て回るが、どこもかしこも金と手間のかかった造りをした建物で凄い。途中お茶をいただきつつ庭を眺めていると実に心地よく、このまま昼寝でもしていたくなる気分だ。
今や貴重な茶運び人形も実際に動かしてもらったが、なかなかと面白い。
この母屋、思った以上に広くて見学を終えると40〜50分は経過していた。他に見学者が居ない事もあって、貸切状態の中をガイド付きで回れるのだから300円は安い。
ゆっくりしていたおかげで、すっかり汗は引き、疲労がたまり優れなかった体調も復活した。やはり旅にはこういうゆったりした時間が必要なんだと実感する。
見学を終えると建物の裏手に、香川の保存木というホルトノキなる大木があると聞き、大木好きとしては見ない訳にはいかない。
つづいて手ぶくろ工房とやらに寄り道。この辺りは手ぶくろ製造が盛んで、全国シェアは90%にも上るそうだ。
一通り見るべき物は見て満足したら最後は腹ごしらえだ。ちょうど敷地内に「ごはんや
食事を終えると駅に戻るが、この辺りは他にも見所がたくさんあるようなので、またいずれ再訪する事にしよう。引田の街はすっかり気に入って、ここまでの高徳線沿線では一番好みの街かな。
駅に戻るとまだ30分程あり、食事をしていなければここの喫茶店にでも入った所だが、もう満腹でとても無理。花に囲まれたホームで列車を待っていて、ふとホームの柱に付いている温度計に目をやると35℃…。
やってきた徳島行きの普通列車4333Dに乗車して、本日の最終目的地である讃岐相生へと向かった。
讃岐相生
- 所在地 香川県東かがわ市南野
- 開業 昭和10年3月30日
引田を出ると田園地帯の中を数分走り、香川県内最後の駅である讃岐相生に到着する。小さな木造駅舎にホームが2面という構造になっていて、利用者の少ない駅だが駅舎が残っているのは嬉しい所だ。
この辺りは高徳線で最も列車本数が少ない区間で、次の列車まで3時間もある。そのため14時を回ったばかりと少々早いが、これ以上先に進むことはできないので、ゆっくりと過ごすことにする。
青空と緑に囲まれた駅は、列車が去るとセミの鳴き声だけが響き、なんだか夏休みに田舎にでも来たような気分にさせる駅だ。
駅舎に入るといつ頃まで有人駅だったのか、カーテンの閉ざされた窓口があり。その脇には保育所の子ども達の作品や、相生ふるさとMAPなるガイドマップが置かれていて、意外と地元の人の手が入っているのが良い感じ。
駅前に出ると存在感たっぷりの大きな木が目に留まる。周囲には住宅が点在しており、何かの店があったのかシャッターの降りた廃屋もある。
何もなさそうな駅で3時間もどうしようかと思ったが、置いてあったガイドマップや駅前の案内板を見ると、いくつか興味を引かれる所もあり俄然面白くなってきた。
相生漁港
まずは駅とは目と鼻の先にある相生漁港へ行ってみると、昼下がりとあって釣り人が1人居る程度の静かな港だった。
防波堤に上がると周囲の海を見渡すことができ、沖合には小さな島がポツポツと浮かんでいる。しかし、眺めは良いものの、日差しを遮るものがまるでない上に強烈な照り返し、この猛烈な暑さに負けて早々と退散する。
駅前の案内板によると、そう遠くない場所に引田の讃州井筒屋敷にあったのと同じ、香川の保存木があるようなので、まずはその辺りを目指してみる事にする。
このあたりは海沿いに平地が広がっているものの、国道しか道らしい道がないので、仕方なく国道の歩道を歩いて行く。交通量が多い上にガードレールすら設置できないほどに狭い歩道のため、暑さと相まって参ってしまう。基本的に騒がしい所を歩くのは好きではないのだ。
列車本数の少なさから殆ど人家のない過疎地を想像していたが、こうして歩いてみると意外にも人家は多く、国道沿いに切れ間なく建ち並んでいる。その家々の隙間からは後ろに広がる田園地帯が見え、向こうを歩きたい衝動に駆られるが、ちょうど良い道がなく残念だ。
途中馬宿という何となく由来が想像できる所に、海岸へと降りられる道があった。砂浜の広がる様子を想像しつつ、いったいどんな海岸なのだろうかと向かうと、こぶし大の石が一面に広がる荒々しい所だった。遊泳禁止というのも納得の場所である。
うだるような暑さの中をトボトボ歩いていると川が現れ、河口付近ではカモメの大群が賑やかだ。この川を越えるともう引田の町に入っていくようで、いつのまにか讃岐相生よりも引田の駅が近いところまで来ていたのであった。
これはさすがにマズイよなあと、たいした収穫もないままに引き返すこととなった。
東海寺
結局暑いだけだったなぁと歩いていると「四国番外 海蔵院東海寺」という看板が目に留まる。見ると矢印の方向には、国道から斜め方向に住宅地へと入っていく道路が分岐しており、渡りに船とばかりに迷うことなくそちらへ入っていく。
きっとここが昔の本道だったのだろうが、人も車もほとんど通らない静かな住宅地で、右へ左へ微妙なカーブを描きながら進む道路が好みの場所だ。
途中にあった西光寺というお寺に立ち寄ってから、先ほどの看板にあった東海寺に向かう。辿り着いた東海寺は近くで作業中のお年寄りが居るだけの落ち着いた場所で、セミの声だけが騒がしく響いていた。
境内には香川の保存木の石柱があり、どこにあるか分からないなぁと思っていたが、こんな形で出会うとは。しかし石柱はあれど、周囲にはそれらしい木は見当たらない。近くに二代目鞍掛松なる木があるのだが、もしかしてコレの初代の方だったのかな?
よくわからないままに東海寺を後にして再び駅へと向かうが、この辺りは雰囲気の良い狭い路地がいくつも通っており、ずっと騒々しい国道を歩いてきた後だけに癒やされる雰囲気だ。
国道沿いの民家の裏手にも何やら路地があったが、流石に何だか庭先すぎて歩くのは気が引けるので、再び国道から駅へと戻ってきた。
まだ時間がたっぷりあるので、ゆっくりと駅舎を見て回りつつ休憩していると、向かいのホームに乗客が現れ、しかもどうやら外国人のようで何とも意外だ。
17時も回り日が傾いてくると、ようやく本日最後の列車である、高松行きの普通列車354Dがやってきた。
エピローグ
本数が少ないだけあって、この区間の利用者は少ないようで、夕方だというのに車内は空いていた。おかげで冷房の効いた車内から、駅での出来事を思い返しつつまったりと車窓を楽しむ。
とはいえさすがに高松までガラガラな訳がなく、引田から先は徐々に混雑していく事になる。そして高松では高徳線でお馴染みの2番線に到着、高松に帰ってくる時はいつもこのホームのような気がする。
歩きまわったおかげですっかり空腹になったので、久しぶりに構内にある連絡船うどんに向かう。今回は月見うどんを注文したが、どういう訳か卵が割れていて全然月じゃないな…。まあ味は変わらないので別にいいけど。
ようやく駅前に戻ってくるともう19時近く、朝焼けに照らされていた駅舎はすっかり夕焼けに照らされていた。高徳線の旅3日目も無事終わり、香川県内は全駅に完乗したので、残すは徳島県内だけだ。
(2016/07/22)
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