
目次
プロローグ
2016年4月5日、四国最初の完乗旅としてやってきたのは土讃線だ。高松から近くてアクセスが良いだけでなく、春ということで桃陵公園や金刀比羅宮といった桜の名所が点在している事で選んでみた。
土讃線は香川県の
多度津
- 所在地 香川県仲多度郡多度津町栄町
- 開業 明治22年5月23日


土讃線の起点となる多度津駅にやってきたのは午前7時少し前だった。多度津は四国における鉄道発祥の地であり、開業は明治22年と大変に歴史のある駅だ。もっとも当時の駅はもっと港よりの場所にあり航路に接続していたそうなので、現在地における歴史としては大正2年からである。
桃陵 公園
周辺の見所としては、77番札所の
駅前から伸びる道路を進むと周囲には学校や町役場があるのだが、まだ朝も早いせいかたまに車が通る程度で、人通りは少なくひっそりしていた。岸辺に桜の咲く、その名も桜川という川を越えて、歴史がありそうな住宅や商店の立ち並ぶ中を通り抜ければ、桃陵公園と思われる小高い山はもう目の前だ。

しかし肝心の公園への入口がわからず、入り組んだ住宅街の中を歩き回っていると、山を上っていく怪しげな階段が目に留まる。よそ者がウロウロしていると怪しまれそうな場所だとは思いつつも、試しに山の斜面を上がる小道を進むと、桃陵公園へと続く緩やかな坂道の道路に出て正解だった。
この山沿いを上がっていく道路からは、まだ薄暗い多度津の街並みを一望でき、かつての多度津駅があったという現在のJR多度津工場や、遠くには瀬戸大橋の姿まで見える。

この先に神社があるのか大きな鳥居をくぐり抜け坂道を上がっていくと、何やらこれでもかと厳重に囲われた檻が現れた。ニホンザルという札が掲げられていて、一匹だろうと思ったが暗い檻の中を目を凝らしてみると何匹か動いていた。しかし網の目が細かい上に暗いから、何がなんだかよくわからない。
ようやく公園らしい場所に到着すると「今井浩三翁」なるステッキを持った謎の老人の銅像が建っていた。これは公園造成当時の多度津町長だそう。銅像にはよくある話だけど説明板がないと部外者には謎の人物である。
近くには海の見える小さな広場があり、ここからは多数のクレーンが並んだ造船所が視界に広がった。桃陵神社という小さな神社があり、途中で見かけた大きな鳥居に比べると随分と小さな神社だった。

他にも公園のシンボルという「一太郎やあい」の像があり、日露戦争時のエピソードが元になっているようだ。一見して銅像のようだが、銅像は太平洋戦争の金属回収で撤去されて、代わりに作成されたコンクリート製だそうである。この公園ゆっくり見て回っていると結構面白い物がある。
園内には遊歩道が整備されており、満開の桜を眺めつつさらに上の方へと向かってみる。桜の本数は多いのだろうが、木が小さいからなのか広い範囲に分散しているからなのか、2500本もあるようには感じられない。

静かな中を歩いていたのだが、チェンソーで何か作業をしているらしく、段々と騒々しくなってきて落ち着かない。幸いにして遊歩道は公園全体を一周できるようになっており、時間もあることだし喧騒から逃れるように奥へと足を進める。ときどきウォーキングをする中高年とすれ違い、町からも近く整備されたこの公園は、手頃なウォーキングコースになっているようである。
奥へ奥へと進むと徐々に桜も見かけなくなり、普通に木々に囲まれた道路といった感じになってくる。いよいよ周囲には人の気配もなくなり、朝の澄んだ空気の中で歩くのが心地よかった。が、しかし、そんな静寂を切り裂くように、バイク音を響かせた珍走団らしき集団に遭遇したのには参った…。

公園を後にして駅に戻ろうと思うが、近くには古い商家が軒を連ねる街並みが残るという。せっかくだからそこを通って行こうと思ったが、地図を見る訳でもなく適当にあっちだろうと当たりをつけて歩き回った結果、当然というか案の定というか道に迷ってしまった…。
結局そんな趣のある通りには出会う事なく、無駄に歩き回って駅に戻ってきたのは8時20分頃だった。
戻ってきたタイミングとしては微妙で次の列車までは20分ほどあった。この程度の時間では訪ねられそうな見どころもないので、早々と改札を抜けてホームで列車を待つ。するとそこに貨物列車がゆっくりとやってきた。最近は貨物列車を見かける事も少なくなったので、こうして偶然見かけるとちょっと得した気分になる。

これが金・土曜であれば琴平行きの寝台特急「サンライズ瀬戸」もやってくる時間なのだが、残念ながら今日は火曜日だ。
8時36分になり、ようやく目的の琴平行き普通列車1221Mがやってきた。

金蔵寺
- 所在地 香川県善通寺市稲木町
- 開業 明治29年10月6日


多度津を出ると住宅地や田畑の中を抜け、すぐに1駅目となる金蔵寺駅に到着した。駅舎とは反対側のホームに降り立ったので駅舎に行きたいが、跨線橋や地下道といった上下線のホームを移動する手段がない。どうするかといえば駅前を横切る道路の踏切を利用して行き来するのであった。
何とも簡易な構造をしている上に周辺には田畑が広がっている事から、開業の新しい駅なのだろうと思いきや、意外にも明治29年の開業と歴史のある駅だった。そんなに古くから駅がありながら周囲に発展した様子はまったく感じられなかった。
乗ってきた列車は特急と行き違いのため停まったままだ。列車の前を横切る踏切から駅舎までやってくると、こちら側のホームには沢山の子供が居て何とも賑やかであった。程なくして特急列車が猛スピードで通過していき、乗車してきた普通列車も琴平へ向けて去っていった。

駅の裏手にはホームから直接出入りできるような場所にゲストハウスがあった。場所柄お遍路さんがターゲットだろうか。駅から徒歩0分といった立地なのでちょいと泊まるにも結構便利そうである。
76番札所 金倉寺
ここでは近くにある76番札所の
駅裏の住宅地を歩いていると「日立カラーテレビ」という古い看板が目に留まる。道路を挟んだ向かい側にある香川音響というお店の看板でいい味を出している。こういった古い看板があるとついつい引き寄せられてしまう。

駅から10分も歩くと迫力と威圧感を兼ね備えた仁王像の鎮座する山門に到着した。周囲は桜が満開で門の佇まいともよく調和していて美しい。時々バスでやってきて山門を通らず境内に入った人が、間違えてここから出てきて慌てて戻っていく。それ以外には滅多に人が現れることもなく、たまに前の道路を車が通っていく程度と静かなものだ。あまりに静かで人気が少ないから、何か間違った場所に来ているんじゃないかと不安になるほどだ。


境内はまだ朝が早いからか平日だからか、はたまたいつもそうなのか人影は少なく、朝の空気感とあいまって清々しい。大師堂や観音堂等を眺めて歩いていると、時折バスに乗ったお遍路さんがやってきて少し賑やかになる。そして、しばらくするとまた静寂が戻るといった事の繰り返しである。

参拝を終えて駅に戻ってくると、何ともタイミングが悪くて次の電車まで時間があり、仕方がないので駅の周囲をぶらぶらと歩いて時間を潰す。
ふと気になったのが、駅舎とは反対側にあるこの2番ホームにある待合室のベンチで、ここだけ木製でやけに古い感じがしていた。待合室の屋根などは新しいのにベンチだけそうではないのは不思議で、昔の待合室の流用だったりするのかな…。

駅裏にあるゲストハウスは、ホームから直接建物の前に出れるような立地にあり、ミカサスカサという意味の想像もつかない謎の名前をしていた。気になるので調べるとスペイン語でMI CASA SU CASAという事で、知ってしまえばナルホドという感じ。
表まで行ってみたが人の気配もなくひっそりとしている。1泊2500円ということで、土讃線の旅をするには丁度いい立地だなと思ったものの、琴平から先の列車は、ここ金蔵寺駅から始発に乗っても、高松駅から始発に乗っても結果は同じになるのであった。

ホームから出たり戻ったり、特急列車を見送ったりと脈略もなく過ごしていると、ようやく琴平行きの普通列車がやってきた。

善通寺
- 所在地 香川県善通寺市文京町一丁目
- 開業 明治22年5月23日


ホームに降りると木造の上屋や跨線橋が歴史を感じさせる駅で、何よりもすごいのが国内最古級と言われる明治22年の開業時から残る駅舎だろう。それほど古い駅舎なら内部もさぞかし趣のある作りなのだろうと思うが、こちらは随分と現代的に改修されており、言われなければそんなに古い駅舎だとは気が付かないだろう。
おまけに駅舎内にはセブンイレブンまで同居しており、よく見ると駅舎の外壁にもセブンイレブンのロゴが入っている。現役最古の可能性もあるという古い駅舎だが、あまりそれをウリにしようという気はなさそうである。

75番札所 善通寺
善通寺市の善通寺駅に来たのなら、その名も同じ75番札所の善通寺に行くしかないだろう。駅から善通寺までは歩いて15分ほどで手頃な距離にあり、最初に現れた朱色の門はどう見ても山門ではなさそうだが、ここから境内に入る。

四国最大規模のお寺というだけあって広大で、どこへ行けばいいのやらだ。とりあえずは、ひときわ存在感を放っている、高さ45メートルの大きな五重塔へと向かう。それから本堂へと向かい参拝をしたのだが、ここは先ほどの金倉寺とは対照的に、お遍路さんが次から次へと続々と現れ、なんとも賑やかな所だった。

本堂の正面にある大きな南大門へと向かうと、その手前にこれまた大きなクスノキがあった。樹齢は千数百年という事で、香川県の天然記念物になっている。近くで見るとその無骨な形と相まって実に迫力があり、しばし立ち止まって見上げてしまう。

南大門は大きく荘厳な作りをしており、正面から眺めると背後に五重塔が収まり絵になる。しかし、門の真ん前では狂犬病の予防注射をやっており、その関連の車やら受付やらが並びちょっと来るタイミングがまずかったな…。
駅への帰りに市役所の前を通りがかると、満開の桜並木があって美しい。眺めていると、突然地元の人らしきおばちゃんに何とか町への道を聞かれ、分からないと聞くと意外そうな顔をして立ち去っていった。自分的にはどう見ても旅行者の格好をしているのだが、なぜだかやたらと道をたずねられる不思議。

善通寺駅に到着すると、またまたタイミングが悪く次の列車まで時間がある。今日はここまで全ての駅で、微妙な時間に戻ってきてしまっている。幸いにしてここは駅にセブンイレブンが入居しているので、軽く食料品を購入して誰もいないホームのベンチに腰掛け、電車が来るのを待ちつつの食事にする。
駅裏には大きな桜の木があり見事な咲きっぷりだった。これで快晴なら青空に映えてさらに美しくなっただろうにそこは残念だ。駅の跨線橋の中からも桜が見えるのだが、ちょうど窓が額縁のようになってこれもまた良かった。

次の列車は琴平行きの普通1229Mで、車内は程よくボックス席が埋まる程度の乗車率だ。

琴平
- 所在地 香川県仲多度郡琴平町榎井字横瀬
- 開業 明治22年5月23日


列車は行き止まりの1番のりばに到着する。ホームに降りると善通寺と同じように木造の上屋や跨線橋があり良い雰囲気を出していて、今時これだけ長い木造のホーム上屋というのも珍しい。駅本屋だけでなく上屋や跨線橋も有形文化財になっているようだ。
駅舎も実に美しいデザインで、昭和11年竣工らしいので当時としてはかなり力を入れて作った事が偲ばれる。琴平は丸型ポスト密度が日本一だそうで駅前にも丸型ポストがある。
金刀比羅宮
駅を楽しんだ後は金刀比羅宮へと向かう事にする。しばらく進むと右手に高燈籠があり日本一高い灯籠だそうで、とても灯籠とは思えない大きさだ・・・。桜が綺麗だった事もあり寄り道していたが、僕以外には誰も見向きもせず金刀比羅宮の方へ歩いて行ってしまう。

琴電琴平駅を過ぎて金倉川を渡ると、商店や飲食店が立ち並ぶ道路を通り抜けていく。表参道に入るといよいよ観光客の姿も増えてきて賑やかになってきた。12時を回った所なので昼食でも食べていこうかとも思ったが、食べたそばから階段を上がるのもどうかと思い帰りにする。

いよいよ階段が現れ、段数を数えながら上がっている子供をよく見かける。なぜかこんな所に海の科学館なる施設があり少し気になる所だが、今はそれどころではないので先へ進む。
参道の両側に並ぶ土産物店を眺めつつ階段を上がっていると石段かごとすれ違う。さすがに担ぐ方もキツイようで途中で休憩しつつ運んでいた。ちなみに往復で6800円かかるらしい。

上り始めて20分程で金刀比羅宮の入り口である大門に到着!
ここまでの石段が365段だそうだ。

大門をくぐると無数の桜と石灯籠が並ぶ桜馬場で、ちょうど薄日も差してきたのでより一層美しく見え、金刀比羅宮の桜ではここが一番だった。白い傘の下では加美代飴という飴を販売していて、境内では唯一商売を許されているらしい。五人百姓といって5軒あるそうだが、4軒しかなかったような気がする。

桜馬場を過ぎると大きなクスノキのある広場があり、ここから10分ばかり階段を上がっていくと天保8年竣工という荘厳な建物の旭社に辿り着く。その前にはこれまた木造の立派な造りの廻廊があり、皆さんここで休憩しており何だかここが御本宮のような雰囲気だがまだまだ先のようだ。
ちなみに旭社は御本宮参拝を済ませた帰路で参拝する事になっているそうだが、普通にここに辿り着いたらそのまま流れで参拝しちゃうよなあ。

旭社を過ぎると何だか急に人が少なくなり、先程までの喧騒は消えて木々に囲まれた静かな参道を歩いて行く。10分少々歩くと御本宮を前にしてここまでで一番きつそうな石段が出現、一気に上るが流石に息が切れるよこれは。

長い石段を上がるとついに御本宮に到着!
石段はここまでで785段あるらしい。

御本宮の辺りは展望台のように開けていて眺めがよく、讃岐富士もよく見える。図によると丸亀城や瀬戸大橋も見えるようだが、モヤっててよくわからなかった。

ここまで来たのだからという訳で奥社も目指す事にするが、こちらへ行く人は一段と少なくてのんびり森林浴気分。だったのは最初だけでこれが予想以上に遠くて、いつまで上がっても到着しない。後から調べたら石段は1368段だそうで御本宮までの2倍近いとか、どうりでキツイ訳だ。
バテバテになりつつも先行する人を追い抜きながら上がっていく。毎日ここを往復したらいいトレーニングになりそうな場所だ。
御本宮から20分程で

帰りは楽なもので駆け下りるように石段を下っていく。この頃になると曇り空からは日が差し込みはじめ、先ほどよりも桜が美しく見えた。
往路ではたくさんの人が休んでいた旭社の廻廊もすっかり人の気配がなくなっている。汗が冷えて涼しくなってきた事もあり、何だか寂しさを感じる雰囲気になっていた。それでも桜馬場の辺りは相変わらずの賑わいだ。

大門を抜けてまた賑やかな土産物店の中を下っていく、この付近の桜も満開で美しい。そういえば金刀比羅宮は3500本のソメイヨシノがあるらしいが、桜馬場以外では全然桜は見かけなかった気がするなぁ。

土産物店を冷やかしつつ表参道の入り口付近まで戻ってきた所で、往路で食べなかったうどんを食べていく。太麺でコシのあるうどんが美味い。

お腹も満たされ琴平駅に戻ってくると15時を回っていて、昼前に到着したのだから3時間以上かけて奥社まで行ってきた訳だ。多度津行きの列車まではまだ時間があるので、駅を観察していると何やらホーム上屋には金の文字が並んでいて凝った作りになっている。

本日の土讃線の旅、最後の列車は15時31分発の多度津行き1246Mだ。始発な上にまだ時間があったので車内はガラガラ、ボックス席に陣取りゆっくりと出発の時を待つ。

エピローグ

往路では慌ただしく乗り降りしていて、ほとんど景色らしい景色も眺めなかったので、帰りはゆっくりと車窓を眺めつつ多度津まで戻ってきた。

(2016/4/5)
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